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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
惑星に巣くうもの
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エビルギルドと偽装の真実

 一つ目――全身が黒で塗りつぶされ、“不明”と表示された影のような人物。二つ目――顔を伏せ、年齢も性別も読み取れない青年のシルエット。三つ目――微笑みを浮かべた少女。だが、その目には冷たい光が宿っていた。


「もう隠しても仕方ないから言うけど……この星系、かなり深く“犯罪組織”が食い込んでいるのよ」


 ジンの声に含まれる重さに、アレクたちも表情を引き締める。クロはホロディスプレイに目を向けたまま、言葉を挟んだ。


「……どれほどの規模ですか?」


「最大勢力は“イエローサック”。現政権に反旗を翻し、独立国家樹立を目指してる“革命派”の中心組織ね」


 ホロに表示された全身が黒で塗りつぶさたシルエットを示しながら、ジンが続ける。


「表向きは“独立運動家”だけど――その実態は、犯罪組織インセクトの中核メンバーよ。情報の確度も高い。ほぼ確定」


「……そこまでわかっていて、なぜ捕まえられないんですか?」


 クロが眉を寄せて問い返すと、ジンはあきれたように、だがどこか冷ややかに言い放った。


「簡単な話。連中が潜ってるのは“裏のギルド”だからよ。私たちと同じハンターギルドの――裏側にある“エビルギルド”」


 ジンの語気が鋭くなる。


「正規のハンターとは別。海賊、殺し屋、密輸業者、スパイ……何でもありの連中が所属してる。場所も拠点も不明だ。ただひとつ言えるのは――そこに各国家が関わっていて、“元ハンター”や現役ハンターの息子でさえ関与しているってことだ」


 ジンの言葉が落ちると同時に、空気が一段と重くなる。


 クロの目がわずかに細められた。


「……つまり、ギルドの中枢が、敵の一部と繋がっている可能性があると?」


「ああ。ただし、証拠は何ひとつ残されていない。だから表立っては動けない。けれど、ギルドを通した“個人の依頼”という形式なら、あくまで個人の選択として――介入が可能になる」


 ジンが口を閉じると、再び室内に沈黙が広がった。


 その隙間を縫うように、ギールが静かに口を開く。


「だからこそ、クロ。君に頼みたい。これは、僕たちが動くよりも遥かに危険で、ハードな内容になる。でも、君が動いてくれれば……この内戦は終わるかもしれない。最悪でも、“誰が何をしているのか”を正確に洗い出すことはできる。――その結果、救える命が、必ずある」


 クロの視線が揺れることはなかった。ただ、言葉の重さだけを、静かに受け止めていた。


「……一応、聞いておきたいのですが。もしギールさんやアレクが担当する場合、どこまで踏み込めるんですか?」


「基本は監視のみだよ。しかも長期間にわたって、衛星から惑星全体を監視する。地上に降りるのは、補給ついでに軽い依頼をこなすときくらい。あとは時折現れる怪獣や海賊を排除する……単純だけど、ひどく過酷な日々が続く」


 言い終えるより先に、アレクが露骨に顔をしかめた。


「……過去に一度だけやりましたが、二度とごめんです。暇すぎる上に、地上に降りてもフロティアン国の連中は、人間だとわかると露骨に嫌な顔をしてくるし、補給物資もバカみたいに高額で売りつけてくる。今回も、その可能性が高いですね……しかも、今回の依頼はスケールが違う。ギルマス、なぜです?」


 問いかけられたギールは、一度クロの方をちらと見てから、少し申し訳なさそうに口を開いた。


「……クロが“バハムートである”ということを、上層部に伝えてもいいと言ってくれたんだ。だから、かなり考えたうえで――クロが“バハムートの子供”という設定にした。クレアは、そのクロを守る“神獣”という扱い。エルデはその二人の世話役、ということにね」


「は?」


「え?」


「……マジっすか、それ?」


 クロ、クレア、そしてエルデの間の抜けた声が、見事なハーモニーで室内に響いた。


 ギールは苦笑をこぼし、隣のジンは口元を手で隠しながらクスクスと笑っている。


 クロは呆れたように眉を下げ、クレアは少し頬を染めつつ困ったように尻尾を揺らす。その一方で、エルデは目を細め、満足そうにつぶやいた。


「やっぱり、自分は“巫女さん”って扱いなんっすね……」


 冗談めかしたその一言に、クロが小さく吹き出す。


 ギールは改めて説明を続けた。


「本部の上層部に、クロが“バハムートそのもの”であることを正直に伝えるのは、さすがにリスクが高すぎた。グレゴとジンとも相談して、“湾曲して伝える”という結論に至った。だから、クロは“バハムートの血を引く存在”ということにしたんだ。機体も、バハムートからの“贈り物”という名目にしてある。クレアも同様で、“守護する存在”ということで通した。そして――いずれ、もう一人の“妹”が現れる可能性も伝えてある」


 クロは黙って聞いていた。その表情には、どこか楽しげな色が滲んでいる。


 クレアは、いずれ自身が人型の分身体になる未来を感じ取ったのか、ふわりと尻尾を大きく揺らし、嬉しそうにしていた。


 ギールはさらに言葉を続ける。


「ちなみに、エルデは“クロに助けられたことで、バハムートの呪いを受けた”ということにしてあったんだけど……」


「もう呪い、解いてもらったっす!」


 エルデが胸を張るように笑顔で応えると、ギールは苦笑しながら肩をすくめた。


「上層部に正直に話しても、信用されない可能性が高い。逆に、クロの自由が極端に制限される恐れもある。だからこそ、“バハムートの子供”という設定にした方が、まだ納得を得やすい。それに、クロの機体が規格外なのも、そう説明すればすんなり通る。クレアの存在も、“神獣”という方が理屈が通るしね」


 クロは、しばし思案するように目を伏せ、それからゆっくりと瞳を細めた。


「……よく、ここまで設定を考えましたね」


 その言葉には皮肉も驚きもなかった。あるのは、ただ純粋な関心。自分を取り巻く“物語”が、どこまで作り込まれ、誰の手でどのように運ばれたのか――その全貌を見通そうとする、冷静な探究心だった。


 ギールは、クロの視線を受け止めながら苦笑を浮かべ、肩をすくめる。


「報告の段階でいろいろ整理していったら……気づいたら、こうなってたんだ。たぶん、上層部も“真実かどうか”を確かめる意図があるんだと思う。そして、あわよくば――この内戦を終わらせたい、っていう願望が透けて見える気がする」


 言いながら、ギールの声はどこか遠くを見ていた。


 その横で、ジンが小さく肩を揺らす。


「……ちょっと、盛り過ぎたかもね。設定作ってるうちに面白くなっちゃって……途中からお酒飲みながら考えてたのが、敗因だったかしら」


 その口調は軽いが、どこか照れ隠しのような響きが混じっている。


 ギールがジンを横目で睨むように見やって、ため息を吐いた。


「酔っ払いが国家レベルの設定をいじってるって、今思うと、ちょっと怖い行動だったな」


 苦笑混じりのその言葉に、室内の空気がわずかに和んだ。だが、クロはすぐに表情を引き締め、真剣な声音で問いかける。


「……でも、なぜギルドは内戦を終わらせたいと考えているんです? もともと中立性を重んじる組織のはずでは?」


 その問いに、ジンは組んだ腕をゆっくり解いて、静かに答える。


「理由は単純よ。――依頼が来てるの。マルティラとマルティラⅡ、双方の一般人から。“内戦を終わらせてほしい”ってね」


 クロが瞬きもせず、その言葉を噛み締めるように聞き入った。


 ジンは続ける。


「正式な国家じゃなくても、市民の声は届く。特に今回のように、両陣営の住民たちから共通の要請がある場合、ギルドとしても“個人依頼”の範疇で動く理由が立つ。グレーだけどね」


「――それで、私たちに?」


「ええ。君たちなら、対等に踏み込める。“どちらの味方でもない者”としてね。それが、今のドリームには必要なの」


 ジンの言葉には、政治的打算だけでなく、どこか切実なものが滲んでいた。


 クロはそれを正面から受け止めながら、静かに息を吐いた。


「……つまり、“本当の敵”を見つけろ、ということですね。国でもなく、派閥でもなく、形なき――混沌の核を」


 クロの声には静かな熱が宿っていた。感情を抑えた言葉の奥で、何かが密やかに燃え始めている。それを受け止めるように、ジンとギールは無言で頷いた。


 続いたのはギールの、やや控えめな口調だった。


「普通のハンターじゃ、きっと無理だったと思う。でも……クロなら、あるいは――そう判断したらしいよ。上層部は」


 言葉を切りながら、ギールは真っ直ぐにクロを見た。その目には、期待と、不安と、そして一縷の祈りのような感情が交じっていた。


 ジンが、その空気をややあっさりとした声で引き継ぐ。


「それにね――これは“戦争”じゃない。“内戦”よ。だからこそ、介入の立場は限りなく黒に近いグレー。けれど私たちも、ただ指を咥えて見ているわけにはいかない。民間人が巻き込まれて、家を焼かれ、家族を失って……それでも、誰の責任にもできない現実が続いてる。そんなの、あまりに理不尽でしょう?」


 クロは頷かなかった。ただ、黙って聞いていた。だが、その目は確かにジンの言葉を捉えている。


「だからこそ――UPOの監視依頼を受ける形で、ギルドはさらに“市民たちの声”を依頼として上乗せしたの。マルティラとマルティラⅡ、その双方から届いた声をね。これはもう、ただの監視じゃない。混乱を見届けるんじゃなくて、できればその根を断ってほしいっていう願い。……希望の依頼よ」


 その言葉の“重さ”に、室内の空気が一瞬、ひやりと引き締まる。


 ジンは、ほんの少し口調を緩めて続けた。


「もちろん、市民依頼のほうは――失敗しても構わないように設定してある。あくまで主依頼は、UPOからの“監視と報告”の任務。こっちは成功さえすれば、最低限の報酬は確保される」


「それでも、現地で混乱を目の当たりにすれば……」


 クロが静かに言いかけると、ジンは表情を曇らせた。


「――止めたくなるわよね。きっと。だから……先に伝えておきたかったの。これは自己判断の幅がある分、迷う場面も多い。何が正しいかなんて、きっと最後まで分からない。でも、たったひとつ確かなのは、“待っている人がいる”ってこと。それだけは、どうか忘れないで」


 その声は、決して命令ではなかった。ただ、ジン自身が過去に何度も繰り返してきた“選択”の重さから、にじみ出た実感だった。

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