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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
惑星に巣くうもの
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ドリームの真相と汚れた支配

 ギールは一つ咳払いをし、張り詰めかけた空気をほんの少し和らげてから、ゆっくりと説明を始めた。


「いちおう言っておくけど、この“ドリーム”という呼び名は通称に過ぎない。正式名称は――《ドミナント・レーヴェリアークスミスト星系》。略して“ドリーム”ってわけだ。本星は、この青く見える惑星だよ」


 そう言うとギールはホロディスプレイの表示を切り替え、映像を拡大していく。そこには、澄んだ海と緑深い大地が広がる美しい惑星の姿が映し出され、その名が中央に浮かび上がった。


 《マルティラ》


「これが本星、マルティラ。かつては約70億人が暮らしていた、星系最大の居住惑星だった」


「――住んでいた? その言い方だと、現在は……?」


 クロの疑問に、ギールは無言で頷き、別の惑星をホログラム上に表示する。それはマルティラと酷似した地形を持つ星で、名称がマルティラⅡと添えられていた。


「こっちは“マルティラⅡ”。フロティアン国の支援でテラフォーミングされた新しい惑星だ。現在、この星にはおよそ20億人が移住している」


「それって……完全に移住政策が行われてるってことですか?」


「まあ、事実上はそうだね。ただし、コロニーはまだ一基も建造されていない。それが、ドリーム星系が惑星ランクDに甘んじている理由のひとつでもあるんだ」


 ギールが指差した先で、ジンが別のホロディスプレイを起動する。そこには、星系評価ランクの一覧が映し出されていた。


 《ランク:SSS、SS、S、A、B、C、D、E、F、G、H》


「このランク付けは、“宇宙国際惑星審査機構”による査定結果よ」


 そう言いながら、ジンが腕を組む。その動作に合わせて、前開き気味のシャツから覗く谷間がわずかに持ち上がった。


 一瞬、アレクたちの視線が釣られそうになる――が、理性が勝り、全員そろって視線を宙に逸らす。その様子を横目で見たジンが、薄く口元を緩めながら、説明を続けた。


「査定項目は膨大だけど、主に“人口”、“インフラと発展度”、“宇宙航行・通信能力”、“政治的安定性”……あとは“他星系との連携度”や“資源の活用効率”なんかも加味されているわね。細かく言えばもっと山ほどあるけど」


 彼女の口調は淡々としていたが、その内容は明らかに国家の格付けに関わる機密に踏み込んでいた。


「ちなみに――私たちフロティアン国はCランク。で、帝国は言わずもがな、トリプルS。Cランク以上が“宇宙国家”として正式に認められるライン。それ未満は、“準宇宙国家”か、“発展途上宇宙国家”扱い。基本的に、他国家と対等な外交は許可されていないの」


「じゃあ……ドリームがDランクってことは、単に人口や技術が不足しているだけ、ってわけではないんですか?」


 クロが静かに問いかけたその瞬間。室内の空気が、ふっと重くなった。


 クロとクレア、それにエルデを除く全員の表情が、ほぼ同時に曇る。目を伏せ、どこか言葉を飲み込むような仕草。その反応を察して、クロの目がわずかに細められる。


 ギールは視線を落とし、しばし沈黙したのち、ぽつりと漏らした。


「……内戦のせいでもあるんだ」


「内戦……?」


 クロの声に、ごくわずかだが警戒の色がにじむ。その気配を感じ取ったギールが、頷きつつ再びホロディスプレイを操作する。星系地図が回転し、焦点がマルティラとマルティラⅡへと絞られた。


 複数の色で描かれた領域が交錯し、そこに重なるように複数の勢力マークが浮かび上がる。


「依頼主は、“宇宙平和機構”――通称、UPO。任務は、ドリーム星系で長期化している内戦の現地調査。そして――可能であれば、その火種を摘み取ってもらいたい」


 ギールの声は淡々としていたが、その言葉の重みは誰の耳にも伝わった。


「……それを、ハンターが?」


 クロの声音がわずかに低くなる。目の奥に宿るのは、驚きではなく――疑問に満ちた、慎重な色。


 ギールはすぐには答えず、ゆっくりと隣に立つジンへ視線を送った。


 視線を受け取ったジンは、一度静かに息を吸い、ほんの少しだけ表情を引き締める。


「その疑問はもっともよ。だけど――理由があるの」


 ジンが指先でディスプレイを操作すると、映像が切り替わり、複数の人物データがウィンドウ状に浮かび上がった。


 その中のひとつ――凛とした表情の女性が正装に身を包み、静かに前を見据えている。その横に表示された名前は、


 《マルギッテ・マーグ》


 《現国家元首(保守派)》


 《支援国家:フロティアン》


「この人は、ドリーム星系に存在する四つの派閥のひとつ。保守派の代表で、現国家元首――マルギッテ・マーグよ。そして……フロティアンの大大将、ディクの飼い犬」


 ジンは歯切れよく言い放った。あまりに露骨な表現に、ギールが眉をひそめ、苦笑を浮かべながら口を挟む。


「ジンさん、そこは……せめて、もう少し言い方を選んでも……」


 だがジンは腕を組み、鋭い目で画面を見つめたまま、ぴしゃりと返す。


「言い換えたところで事実は変わらないわよ。あのハゲの“支援”なんて、表向きは復興と安定の名の下にあるけど――裏ではしっかり利権と軍事介入に変わってる。もう腐るほど見てきたのよ。そもそもこの派閥、フロティアンから横流しされた軍事物資、汚職、裏取引……なんでもアリの汚職デパート。一見、帳簿は清潔そのもの。でも――その裏側には、腐臭がこびりついてる。何年もの汚職と私腹肥やしの痕跡が、ね」


 ジンの瞳が細く鋭く光る。その奥にはただの怒りではない、長年の積もり積もった感情が垣間見えた。


「同じ女として、情けないのよ。権力のために国も人も売る女が、何の面で“元首”なんて名乗ってるのかって。しかも、誰もが知ってるのに誰も指摘できない……証拠も、目撃者も、記録も――全部、ことごとく“消されてる”のよ。人ごとじゃないわ」


 ジンが低く吐き捨てるように言ったあと、ギールが表情を引き締め、言葉を継ぐ。


「だから、正規ルートでの介入は難しい。どこの国家もフロティアンの顔色をうかがってる。でも――だからこそ、“ギルド経由の依頼”として、君たちに動いてほしいんだ」


 静かに視線を交わしながら話す二人を前に、クロはほんのわずか目を細めた。


「……なるほど、事情はわかりました。ですが、それでも――ハンターが内戦に介入するには、正当性としてはかなり薄いと思いますが?」


 クロの冷静な指摘が、室内の空気をわずかに引き締めた。理にかなった意見だった。依頼としては重すぎる。対象が単なる犯罪組織ではなく、“星系規模の内戦”であれば、なおさらだ。


 しかし――


「それも正論。けど、事情が少し違うの」


 ジンはそう言って肩を竦めると、ホロディスプレイを指先で操作した。すると新たに三つのウィンドウが表示される。そこには、それぞれ特徴的な人物のデータが浮かび上がった。

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