表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
惑星に巣くうもの
448/475

データ室と悪夢の星系

 二階のデータ室の前で、クロが指先で静かにドアをノックした。


 返ってきたのは、ジンにしては妙に間延びした、作ったような高い声だった。


『どなた~?』


「……クロですが……風邪ですか?」


『どうぞ~』


 ますます疑問が膨らみつつドアを開けると、そこには――


 口元を押さえて笑っているギールと、苦々しい表情を浮かべて溜息をついているジンがいた。


「……どう? 似てた?」


 ギールがいたずらっぽく問いかける。


「まったく似てません。それより、グレゴさんに聞かれたら面倒ですよ」


 クロの一言に、ギールの笑顔がピタリと止まり、すっと真顔になる。


「……黙っててね。ほんとに」


 真剣なトーンに、クロは思わず苦笑を漏らす。そのままアレクたちと共に室内へ入ると、ジンとギールは大型ホロディスプレイの前に立ち位置を移す。


 ギールはアレクたちを見やると、深く頭を下げた。


「さっきのやり取り、見てたよ。アレク、アンジェ、ポンセクレット、タンドール――君たちの行動は、僕にも責任がある。嫌われたとしてももっと注意や警告を出して、止めるべきだった。……申し訳ない」


 真っ直ぐな謝罪に、アレクたちは慌てて手を振る。


「違うんだ、ギルマス。俺たちが悪かった。謝るのは、俺たちのほうだ。……本当に、申し訳ありませんでした!」


 四人は揃って深々と頭を下げた。その姿にギールは少しだけ驚いた表情を浮かべ、ゆっくりと歩み寄るとアレクの肩に手を置いた。


「……厳しい道になる。だけど、俺は応援してる。……公にはあまり言えないけどな」


 そう笑って、アレクの肩をポンポンと軽く叩き、座るように促す。


「さ、かけて。クロ、あとは頼んだよ」


「ええ。こっちも、思ったよりいい“拾い物”でしたから」


「クロ様、前から言ってますが言い方がダメです……」


 エルデの頭に乗っていたクレアが、クロの肩へ飛び移りながら小声で注意する。


「ちょっと気をつけましょう」


 その声にギールが目を細める。


「……クレアが喋ってるってことは、この四人にはもう“正体”を明かしてるってことでいいのかな?」


「はい。すでに開示済みです。もちろん、呪い付きで」


「しれっと言わないの」


 ジンが軽くため息をつきながら、端末に触れて準備を始める。


「今日は、惑星での依頼の確認ね?」


「はい。ギールさんも同席してるということは、かなり重要な内容ですか?」


 クロが問いかけると、ギールは少し苦笑して頷いた。


「本来なら、アレクたちに任せるつもりだった依頼なんだ。うちのチームと合同で。……ただ、あの件があってからは、さすがにそれは難しくてね」


「申し訳ありません」


 アレクが静かに謝罪すると、ギールは首を振る。


「もう大丈夫。今回の件はむしろいい機会だと考えてる。だからクロに頼むことにした。うちのチームは今も海賊の入れ食いが続いていてね」


「……まだ終わってないんですか?」


 クロが目を細めると、ギールは顔をしかめて首を横に振る。


「まるで津波だよ。一度引いたと思ったら、また別の方向から押し寄せてくる。しかも、軍の機能がまだ本調子じゃない。だから怪獣も犯罪者も、こっちに処理が回ってくる状態だ」


 ジンが端末を操作する手を止め、横目でギールを見る。


「ギール」


 しかしギールは話を止めず、少し声を落とす。


「……それに、妙なんだ。侵入してくる海賊や犯罪者の数に対して、被害報告が極端に少ない。交戦せずに引き返すケースが妙に多い。しかも、こちらの戦力が明らかに劣っているときでも、なぜか襲ってこない」


「それって……ハンターが抑止力になっているだけ、ではない?」


 クロが問うと、ギールは考え込むように腕を組む。


「それならいいんだけどね……でも、本当にそうだろうか? 動きが“間合いを測ってる”ように見えるときがある。まるで、“別の意図”を抱えているかのように」


 ピリ、と空気が緊張する。だがその瞬間、ジンがピシャリと声を上げた。


「ギール。その話、今回は関係ないわよ」


「ああ……失礼」


 ギールが肩をすくめて微笑むと、ジンは再び端末を操作し始めた。大型ホロディスプレイに、いくつかの惑星情報と依頼概要が次々と浮かび上がる。


「それじゃあ、説明に入るわね」


 ホロディスプレイに映し出されたのは、ここからかなり離れた場所に存在する、辺境の星系だった。中央の主星はくすんだ黄色。周囲の軌道をいくつかの惑星が周回し、全体的に沈んだ色調が印象的だった。


「ここは?」


 クロが問いかけると、ジンが端末を操作し、中央に星系名が表示される。そこには【星系ランク:D】の文字と、その下に、やや浮いたフォントで《ドリーム》と書かれていた。


「ドリーム……なんとも夢のある名前ですね」


 そう言いながらクロは少しだけ眉を上げる。まるで、その名の裏にある現実を見抜いたかのように。


 すると、その隣から二重のため息が漏れた。


「皮肉よ。まったく」


 そう揃って返したのは、ジンだった。その声はどこか苦々しげな表情を浮かべていた。


「この名前ね。つけたのは、ここのアホ……じゃなかった、“大大将”とか名乗ってる恥ずかしいハゲなのよ」


「ジ、ジンさん……もうちょっとだけ、言い方を……」


 ギールが苦笑いでなだめようとするが、ジンは一切引かない。


「なにが“大”よ。“大”すぎて脳みそまで抜け落ちてんじゃない?」


「ジンさん。ジンさん。落ち着いて。顔が怖くなってる」


 ギールがそっとフォローに入りつつ、クロの方に目線を投げる。クロは後方にいるアレクに確認を促すように視線を向けた。


「ニュースで聞きました。……ジンさんの言ってた通り、“この国を実質支配しているハゲ”で間違いないです」


「“大大将”って……他になにか良い肩書きはなかったんですか? “元帥”とか“総統”とか。……せめて“将軍”でも」


 クロは首をかしげつつ、皮肉混じりの視線をディスプレイに向けた。


「元帥は別に存在しています。ですが今、その方は――行方不明です」


 アレクが少し言い淀みながらも説明を補足する。


「この国の制度は、ちょっと特殊でして……“元帥の指名”がなければ、軍内の正式な肩書きが名乗れないらしいんです」


 クロはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いて目を細めた。


「……それで“大大将”ですか。……間抜け極まりないですね」


 その言葉に、ギールが小さく咳払いをし、ジンは表情を変えずに腕を組んだまま頷いた。クロは正面を向き直しジンたちの説明を聞く。


「ええ。しかもその肩書きが――ちゃんと法的に認められているの。……まったく、この国の最大の汚点のひとつよ」


 ジンは語気を抑えながらも、吐き出すように言う。


 ホロディスプレイに浮かぶドリームの文字が、淡い背景の中でひどく場違いに見えた。


「夢どころか……この星系にとっては、もはや“悪夢”よ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
公式文書に、それも外向けの文書に大大将って書かされる文官たち可哀想w
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ