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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
惑星に巣くうもの
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変貌の四人

 店舗の前にエアカーが停まり、ドアが開く。先頭に立って現れたのは、疲れたような足取りのエルデ――ではあったが、表情はどこか高揚しているようにも見えた。開いているシャッターの奥では、すでにクロが静かに出迎えていた。ただし、いつも肩に乗っている“あの存在”がいない。クレアの姿が見えないことに気づいたエルデは、顔を傾けて首をかしげる。


「クロねぇ、クレアねぇはどうしたっす」


 クロはすぐに笑みを浮かべ、落ち着いた声で応じた。


「大丈夫です。ちょっと依頼で疲れてしまって、今は家で休ませています」


 それを聞いたエルデがほっとしたように頷く。そしてそのまま後ろを振り返ると、四人の男たちが静かに歩みを進め、クロの前に並び立った。クロはその姿を見て、思わず目を細める。


「…………これは、ずいぶん見違えましたね」


 感嘆混じりの声に、エルデが得意げに胸を張る。


「そうっすよね! メイドさんたちに整えられていくの、もう圧巻だったっす。見る見るうちに仕上がっていって――自分もびっくりしたっす」


 クロの横に立つと、まるで誇らしげに後ろの四人を紹介するような視線を向ける。


 最初に目に入ったのはアレクだった。ぼさぼさだった濁った金髪は、丁寧に整えられたショートカットへと変わっていた。髪そのものも艶を取り戻し、まるで光を反射するように輝いている。かつての野暮ったさは完全に消え去り、顔立ちも整って見えた。髭も綺麗に剃られ、清潔感と風格が共存している。


 彼らの服装もクロの指示通り一新されていた。クロと同じワイルドシリーズに似たジャケットやボトムズなどで身を包んでおり、まだ色は標準の白のままだが、シルエットと仕立ての良さが際立つ。その姿は、かつての“地に落ち汚れたハンター”という印象を一掃し――誰もが振り返るような、“凛とした戦士”の風格さえ漂わせていた。


 続いてアンジュ。かつて染めていた髪色は落とされ、本来の地毛――涼やかな水色が現れていた。髪型も、無造作だったそれがソフトモヒカン風に整えられ、全体の印象を引き締めている。猫背だった姿勢も癒しの腕輪で治って、背筋は伸び、長身とスタイルの良さが際立ち、まるでモデルのような立ち姿に見える。


 次に視線が向かったのは、ポンセクレット。ぼさぼさだった髪は潔くすべて剃り落とされ、紫の坊主頭が姿を現していた。その風貌はまるで熟練の格闘家。筋肉質な体格と相まって、まとう空気そのものが“圧”を放っている。無言で立っているだけでも、誰も近寄りたがらないような迫力があった。


 最後に、タンドール。黒髪は綺麗にカットされ、艶やかに整えられているものの――全体的な印象は“普通の人”そのもの。ハンターの服を着ていなければ、鍛えた身体の一般男性にしか見えなかった。けれど、その“どこにでもいる”感じが逆に際立っており、戦場で“最も紛れ込みやすい存在”として見るなら、これもまた一つの強さだとクロは感じた。


 四人全員が、まるで別人のような変貌を遂げていた。髪を整え、髯を剃り、服を着替える――ただそれだけで、ここまで印象が変わるとは、クロも正直予想していなかった。


(これは……メイドさんたちの手腕がすごいのか、それとも……彼らの本来のポテンシャルが高かったのか……)


 クロの心に浮かんだその疑問は、答えが出ないまま胸の奥に沈み、そっと鍵をかけるように閉じ込められた。


「エルデ、支払いは出来ました」


 問いかけに、エルデはびくりと肩を震わせ、まるで冷水を浴びせられたかのような顔をした。


「怖かったっす……残高が一気に増えるのも、正直びっくりだったっすけど……それが一気に減る恐怖……もう勘弁っす」


 端末を取り出す指先はじっとりと汗ばみ、表示された数字に目を走らせながら、喉を鳴らして息を飲んでいる。


「残った分を返すっすよ」


「面倒なんで、そのままでいいです。それより……」


「クロねぇ! それよりじゃねぇっすよ」


 思わず声を張り上げたエルデの必死さをよそに、クロは淡々とした態度を崩さず四人へ向き直った。


「どうですか」


 短い問いかけ。だがその一言が、空気を圧迫する。


「どうですかと訊かれても……恐ろしいというのが本心です」


 アレクは額を押さえ、苦虫を噛み潰したような表情で吐き出した。


「社長。なんであんな超高級店に呼んだんですか」


 アンの声は、怒りとも困惑ともつかない響きを帯びていた。拳を膝の上で握り締めているのが見える。


「しかも俺たち、生き地獄でしたよ。風呂には入って来たものの……あまりにも場違いで、怖くて怖くて……」


 ポンは両腕を抱きしめて身を小さく丸め、まるで寒さに震える子どものようだった。


「しかも……俺たちに優しいんです。もう泣きそうになりました」


 タンは目尻を赤くしながら、どうにか笑おうとしている。それが余計に切なさを滲ませた。


「そうっすよね。クロねぇ達が出ていってからが本番でしたっすからね」


 エルデが小さく相槌を打つ。思い返すほどに、その時の居心地の悪さが蘇るのか、肩をすくめて苦笑を浮かべた。


「自分は待っている時、散髪が終わると仕切りをされてアレクさん達が見えなかったっすけど……メイドさん達、楽しそうに着せ替えしてたっす」


 その言葉を口にしたエルデの表情は複雑だった。頬に浮かぶのは戸惑いとも呆れともつかぬ影。その視線は宙をさまよい、記憶の断片を探るように揺れている。


「叫び声がもう凄かったっす」


「メイドさんたちの」


 クロは分かっているような顔でわざと軽く尋ねる。からかう響きを混ぜた声に、場の緊張がわずかに緩む。


 エルデは苦笑しつつ、両手を宙で振るようにして言葉を重ねた。


「アレクさん達っす。『そこ触らないで!』とか『全裸にする必要、ほんとにあるんですか!』とか……その度にメイドさんが冷静に『クロ様に恥をかかせられません』とか『恥ずかしくは無いです。素晴らしい筋肉です』とか、もう褒めちぎってたっす」


「……あれは、……本気で勘弁してほしかった」


 アレクは小さく顔を覆い、耳まで赤く染めながらぼそりと漏らす。ポンも苦虫を噛み潰したように眉を寄せ、


「筋肉を褒められるたびに、余計恥ずかしくなったんだよ……」


 と視線を逸らす。その横でポアンとタンも互いに目を合わせ、同じように頬を赤く染めていた。


 その光景を思い返すと、耳の先がじんわり熱くなる。エルデの声はどこかむず痒げで、笑っているのに目は泳いでいた。


「自分の時はそういう事は無かったっすけど……なんだか、むず痒かったっす」


 小さく吐き出された言葉には、照れと困惑が入り混じっていた。自分が横で見聞きしたアレクさん達の恐怖や戸惑い、そして場違いなほどの優しさに包まれた時間の記憶が、未だに胸の奥を揺さぶっているようだった。

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