奇妙な二人
クロは一度ジャンクショップへ戻ることにした。クレアの身体を休めるため、静かな足取りで歩みを進める。
やがて店先が見えてくる。そこでは、アヤコがいつものように精力的に働いていた。作業台に向かい、ドローン部品を器用に組み上げながら、時折ホロディスプレイで何かを確認している。
クロはその光景を横目に、近くで待機していたレッド君のもとへ向かうと、そっと肩の上のクレアを降ろし、その頭部へと預ける。
「レッド君。クレアを、ゆっくり休ませてあげてください」
クロの静かな声に、レッド君はピクリと反応し、クレアを落とさぬよう丁寧な動作で歩き出す。そのまま静かに、自宅の奥へと姿を消した。
アヤコは、クレアがレッド君に運ばれる様子を目にして思わず目を見開く。しかし、その様子からクレアが眠っていると察すると、咄嗟に声を飲み込み、慌ててクロのもとへ駆け寄った。
「クレア……どうしたの?今日はアレクさんと、アンポンタンたちと一緒に動いてたんじゃないの?」
小声で、しかし明確に心配の色を含ませて、アヤコはクロを問い詰める。
クロは軽く頷きつつ、端的に経緯を説明した。
「ええ、本来ならその予定でした。……でも、ギルドから緊急の依頼が入って、急遽そちらに向かったんです」
そして少しだけ視線を逸らし、静かに言葉を続ける。
「その戦闘で――クレアは、少し苦戦しまして。肉体的な損傷はありませんが、精神的に……疲労が強くて」
「苦戦って……あのクレアが?」
アヤコの眉が、わずかに寄る。信じられない、という表情に、クロはどこか穏やかな笑みを浮かべた。
「自分にとっては――正直、面白い戦いでした。でも、クレアにとっては、かなり厳しい相手だったようです。結果的には勝てましたが……いろいろと、考えさせられる戦闘だったようですね」
その言葉に、アヤコはクロの視線をじっと見つめ、静かにうなずく。だがそのまま、少し意地悪そうに問いかけた。
「で、クロは面白かったの?」
問いかけに、クロは素直にうなずく。
「……依頼の詳細は言えませんが、バハムートとして戦って――敵の攻撃で出血したのは初めてでした。ダメージも、軽いですが確かに受けました」
その一言に、アヤコの目が大きく見開かれる。思わず声を上げかけるが、クロが指を立てて「しーっ」と制止のジェスチャーを見せると、慌てて口を両手で押さえた。
クロは小さく笑いながら、やんわりと補足する。
「大丈夫ですよ。血は出ましたが、本当にかすり傷程度ですし。引きこもってた頃なんて、しょっちゅう自分の血を使っていろいろ試してましたから。それに……今回のは、そうですね。人混みで肩がぶつかった、くらいの感覚です」
「……なんか、心配して損した気分だわ」
アヤコはため息混じりに言うが、その目には微かに安堵が浮かんでいた。
「まあ、それでも――もうちょっと遊んでいたかったんですけどね。エルデから連絡が来たので、さっさと“塵”にして切り上げました」
そう言ってから、少し楽しげな声を弾ませる。
「それと、嬉しい誤算もありました。新しい“必殺技”を思いついたんですよ。こう、相手を檻のように閉じ込めて――それから……」
クロが身振り手振りを交えて説明し始めたその瞬間、アヤコが小さく手を上げて制した。
「……ストップ。いいから。それ以上しゃべると、テンション上がって声が大きくなるでしょ。クレアが起きちゃうよ」
その指摘に、クロは「おっと」と肩をすくめて口をつぐむ。
アヤコは軽く頷き、ふと思い出したように尋ねた。
「で、エルデは?」
「今、アレクさんたちのエアカーで向かってるみたいです。もう、そろそろ新しい家に到着する頃かと。その前に、クレアを休ませたくて、ここに寄りました」
クロの言葉に、アヤコはうなずきながら、ちらりと家の奥へ目をやった。レッド君の足取りは静かで、その背に乗るクレアの寝息も、まるで空気に溶け込むようにかすかだった。
「じゃあ、今から向こうの家に行くんだね?」
「はい。そろそろ出発します」
「――俺も行く」
どこか面白そうな雰囲気を含んだ声とともに、作業場の奥からシゲルが姿を現した。手にはビームカッター、顔には溶接用のバイザーを跳ね上げたまま。ジャンプスーツの上に防護エプロン、手には厚手の作業グローブ。どう見ても、直前まで何かを解体していたと一目でわかる完全装備だった。
「その格好で行くんですか?」
クロが少しおかしそうに尋ねると、シゲルは当たり前のように頷いた。その拍子に――跳ね上げていたバイザーが、カシュッと音を立てて顔を覆う。見た目だけなら、完全に何かヤバいことをしそうな人である。
「じいちゃん……」
アヤコは小さくため息をつきながら呟いた。
「せめて……そのビームカッターの刃だけは、しまって」
「止めないんですね」
苦笑まじりにツッコむクロに、アヤコは肩をすくめるしかなかった。
「では、行きましょうか」
「おう! 面白いもの見せてやるよクロ」
「――ほどほどにね、じいちゃん」
アヤコの言葉を背に、二人はジャンクショップをあとにした。
目的地までは、徒歩でわずか数分の道のり。
並んで歩くのは――ひとりは、漆黒の髪を風に揺らす少女。もうひとりは、作業着に防護エプロン、バイザーを下ろしたままのシゲル。そして手には、刃は出していないものの無造作にビームカッターをぶら下げている。
あまりにも異質な組み合わせだった。その奇妙なペアを見かけた道行く人々は、すれ違いざまに目を丸くし、小さくざわめきを漏らす。
――が、中には状況を察したように、納得顔でうなずく者もいた。
「……ああ、また誰か、シゲルさんを焚きつけたんだな」
そんな声が、聞こえた気がした。近隣住人にとっては、それだけで充分な説明になるらしい。そう思いつつ、クロは肩の力を抜いて歩を進めた。