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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
惑星に巣くうもの
439/489

破壊の宣告

誤字脱字を修正しました。

ご連絡ありがとうございます。

 宇宙に、再び静けさが戻っていた。


 先に戦闘を終えていたバハムートは、己が放った一撃の余韻を振り返るでもなく、ゆっくりと腕を組む。視線の先では――ヨルハが、その小さな身体で敵を穿ち、塵と化すまでの一連の戦闘を締めくくっていた。


(見事……! 今まで派手な技は見せてこなかったが、ここにきて仕留めてくるとはな。まさに――ロマンだな)


 バハムートは満足げに頷き、感慨深げに宙域を見つめた。


 やがてヨルハが、ゆっくりとこちらへ戻ってくる。肉体の傷はすでに癒えていたが、精神の疲弊は隠しきれていなかった。


「……バハムート様。お待たせいたしました」


 その声は、礼儀正しくもどこか沈みがちで――それを聞いたバハムートは、静かに問いかける。


「……なかなか、苦戦したようだな」


 ヨルハはすぐさま、小さく頷いた。そして、俯きがちに悔しさを滲ませながら打ち明ける。


「はい……悔しいですが、決定打に欠けていました。完全に押されて、ずっと一方的に……」


 その唇が、かすかに噛み締められる。そして、絞り出すように続けた。


「――あのままだったら、バハムート様に助けていただくか……あるいは、その前に……やられていたかもしれません」


 それは、悔しさと冷静な自己分析が混ざった告白だった。


 だがバハムートは、どこか満足げに小さく頷くと、短く言い切った。


「……しかし、そうはならなかった。なら、それでいい」


 淡々としたその言葉は、まるで結果以外に価値を認めない神の肯定だった。


 次の瞬間、ヨルハの身体を軽々と抱き上げ、肩の上へと乗せる。


「帰るぞ」


 それだけを告げると、バハムートは虚空に一歩踏み出し――音もなく、転移して消えた。


 宙域に残されたのは、誰のものとも知れぬ声だった。


「……面白かったね」


 姿はない。存在の気配すら、感じられない。ただ声だけが、空間の残響として確かにそこに在った。


「可能性は示された。神でも、この世界に踏み込める。――あとは、その“道”を見つけるだけだ」


 その声音は、抑揚も感情もない。まるで機械が生成したかのような無機質な響きだった。そしてそれも、次の瞬間には宇宙に溶け、完全に掻き消える。


 残されたのは、ただの虚無。星々の光が揺らめく中、空間は再び、静けさを取り戻していた。


 ――バハムートとヨルハは、クーユータに転移し、そこからさらにギルド拠点へと戻る。クロとクレアでギルドのカウンターに向かうと、そこにはいつも通りのグレゴがいた。


「戻りました。いや〜、なかなか白熱した戦いでしたよ」


 そう言いながらカウンターに近づき、気楽な口調で告げるクロに、グレゴは眉をひそめる。


「お前がそう言うってことは……よほどの相手だったんだな?」


 クロは肩をすくめつつ、言い淀むような間を挟み、言葉を選んだ。


「ええ――かなりの強敵でした。……というか、正直、普通のハンターが相手してたら被害は免れなかったと思います」


「……AやSランクが束になっても厳しい、ってレベルか?」


「さすがに“絶対”とは言いません。自分、上位ランクの実戦を見たことがないので。ただ、チーム戦で連携してやっと、って感じですね」


「マジかよ……」


 グレゴは頭を押さえるようにして、渋い表情を浮かべた。それにクロは、問題ないという声で付け加える。


「でも、大丈夫です。たぶん、もう同じような相手は出てこないでしょう」


「どういう意味だ?」


「完全な憶測ですが――」


 クロは顎に手を当て、軽く首を傾けながら続ける。


「あの存在は、いわば“異常の中の異常”だったと思うんです。しかも、あの場にいたのが自分たち――“異常側”だったことで、何かが引き起こされた。いくつもの異常と異常が掛け算された結果、常識では測れない何かが生まれた……そんな感覚ですね」


 神が自分たちに合わせて“造った”デストロイヤーである――その真実には触れず、クロは淡々と語り始める。


 だが、言葉の奥には確かな“怒り”があった。


「……今回の件で、ひとつだけ、はっきりしたことがあります」


 言葉を選ぶように一拍置いてから、クロは続ける。


「――軍部の行動。あれは、二度と繰り返してはならない」


 グレゴが、顔をわずかに上げる。


「国際条約違反? そんな言葉じゃ、生温い。あれは、“やってはいけない”類の行為なんです」


 その言葉には、これまでのクロにはなかった厳しさがあった。


 グレゴは口を閉じ、ただ真剣なまなざしで耳を傾ける。だが、その次に放たれた言葉は――予想を超えていた。


「……あれは、ただ重力異常を引き起こすだけのものじゃない。災害を招く装置でも、兵器でもない」


「なら……何を生むっていうんだ……?」


 グレゴの額から、一筋の汗が静かに落ちた。


 沈黙――


 その中で、クロの全身から静かに“圧”が滲み始める。


 怒気とは違う。恐怖とも違う。――それは“理性の底で押さえつけた怒り”の匂いだった。


 クロの声は低く、呟くようにこぼれた。


「……破壊です」


「……は?」


「――“世界の破壊”を、招き入れてしまう可能性があります」


 その言葉は、空間そのものを凍りつかせるようだった。


 グレゴは、その瞬間、時が止まったかのような感覚に陥った。体内の血流の音すら聞こえるほどの沈黙のなかで、なんとか思考を動かす。


 やっとのことで、声を絞り出すように問う。


「……それって……クロみたいな存在のことか? 話が通じて、分かり合える……“可能性”のある相手じゃ――」


「――無理、でしょうね」


 クロの言葉は、短く、そしてあまりにも冷たかった。


 その一言が、何よりも答えになっていた。


「……これは、ギルド本部に通達しておく」


 グレゴが真剣な面持ちで頷くと、クロは間を置かずに告げた。


「それと――私の“存在”も、伝えておいた方がいいでしょう」


 その一言に、グレゴは思わず目を見開いた。


「……は?」


 その言葉が冗談でも、言い間違いでもないと理解した瞬間、グレゴの背筋に冷たいものが走る。


 これまで一貫して“正体”を伏せてきたクロが――自ら口にした、「伝えろ」という指示。


 それが意味するものを、グレゴは直感で悟っていた。


 この世界は――すでに、一線を越えてしまったのだ。


 クロにとっても、看過できぬ“臨界点”だった。


「……マジで言ってんのか、お前……?」


 乾いた声で問い返すと、クロは静かに頷いた。


「ええ。ただし――本部の上層部に限り、“クロはバハムートである”と伝えてください。極秘文書で構いません。そうしていただければ、私の立場や行動に変わりはありませんし、仮に“あれ”が再び使われるような事態があれば――即応できます」


 穏やかな口調だった。だがその静けさの裏にある“決意”は、鋭く冷たい刃のように張り詰めていた。


 グレゴがわずかに安堵しかけた――そのとき。


「――ただし、もし今後、あの装置を使おうとする国家が現れるなら」


「……なら?」


 ごくり、とグレゴの喉が鳴る。


 クロの瞳が、真っ直ぐにグレゴを射抜く。揺るぎない、決意の光を宿して。


「……そのとき、私が告げた通りの事態が訪れます。“破壊”が現れるのです。ただし――世界そのものを壊す存在ではなく、“バハムート”という名の破壊が、その国家を滅ぼすことになる」


 一拍置いて、低く静かに付け加える。


「……それでも、……まだ、そちらのほうが救いがあります」


 それは、予告でもなければ脅しでもなかった。あまりにも現実的で、あまりにも淡々とした――“宣告”だった。


「例え、その国に関係のない人々がいたとしても……容赦はしません。徹底的に――その星の存在ごと、消し去ります」


 一語一語が、空気を重く塗り替えていく。


 それはもう、クロではなかった。バハムート――“滅びを齎す存在”としての、意志だった。


 グレゴは声を失った。


 それは恐怖ではない。畏れ――“神”にも等しい力の輪郭を、はっきりと感じ取ったからだった。


 目の前に立つのは、少女の姿をした“理外の何か”。


 そして今、それが人類の手によって動かされかけた“境界線”を告げている。


「どう伝えるかはお任せします。多少ぼかしてもいいですよ」


 あくまでも冷静に、淡々とした口調でクロは締めくくる。


 だが、その静けさが――グレゴの怒りに火をつけた。


「――丸投げすんなっ!!」


 思わず、机を叩く。


「こっちの身にもなれよ! こんな爆弾級の話、どう報告しろってんだ……!」


 怒鳴ったことで、ようやく思考が動き出す。声を荒げたことに少し後悔しつつも、グレゴの目には、ようやく人間らしい“熱”が戻っていた。


 クロは肩をすくめ、静かに息をつく。


 そして――ほんの少し、悪戯めいた笑みを浮かべた。

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