食卓の答えと、更生の議論
【更新変更のお知らせ】
いつも『バハムート宇宙を行く』をお読みいただき、誠にありがとうございます。
このたび、更新頻度と時間を調整させていただくことになりました。
更新日程:月曜~金曜更新、土日はお休み
更新回数:1日4回 → 1日3回
更新時間:7時・12時・18時
読んでくださっている皆さまにはご迷惑をおかけし、大変申し訳ございません。
今後も少しでも楽しんでいただけるよう、丁寧に物語を紡いでまいります。
勝手なお願いで恐縮ですが、何とぞご理解賜りますようお願い申し上げます。
これからも『バハムート宇宙を行く』をよろしくお願いいたします。
一台の配膳ロボットが、静かにテーブルへ近づいてきた。滑らかなアームが伸び、次々と皿が並べられていく。クレアには、香ばしく焼き目のついたサイコロステーキと、それに合わせるように深皿に注がれた白いミルク。エルデの前には、湯気を立てるスパゲッティと瑞々しいリンゴジュース。クロの前には、スパイスの香りがふわりと立ちのぼるカレーライス。いずれも温かさを保ったまま整然と置かれ、配膳ロボットは何事もなかったかのように音も立てず去っていった。
「では、いただきます」
クロの合図に、全員が箸やフォークを手に取り食事が始まる。最初に動いたのはグレゴだった。だが、弁当箱の蓋を開けた瞬間、彼は即座に閉じてしまう。ちらと横に座るジンへ視線を送れば、相手は口元を吊り上げて面白そうに笑っていた。
エルデは不思議そうに首を傾げ、フォークでスパゲッティを器用に巻き取りながら問いかける。
「どうしたっすか? 食べないっすか?」
口いっぱいに麺を頬張る様子は無邪気そのもの。そんな視線を避けるように、グレゴは小声で「よりによって……」と呟きつつ再び弁当を開いた。
中には、赤く色づいた桜でんぶで形作られた大きなハート。その周囲を肉そぼろや卵そぼろが鮮やかに彩り、ひと目で“愛妻弁当”と分かる仕上がりだった。思わず顔が熱を帯び、頬がみるみる赤くなる。嬉しさと恥ずかしさが入り交じったその表情に、ジンは肩を揺らして笑いを堪えている。
しかも隣のジンの弁当も、同じ色どりながらハートは描かれていない。並べてみれば意図が一目瞭然であり、グレゴの頬はさらに火照った。
「愛されてますね」
クロが少しからかうように声をかけると、グレゴは一瞬言葉を飲み込んだが、やがて観念したように開き直り「そうだ」と短く答え、弁当を口へ運び始めた。その潔さに、クロをはじめ皆の口元には自然な笑みが浮かぶ。
気まずさは一瞬で和らぎ、温かな笑いとともに食卓は再び穏やかな空気に包まれる。それぞれが自分の皿へ視線を戻し、食事の続きを楽しみ始めた。
食事を口に運びながら、たわいない話が続く。テーブルには、温度と香りだけがゆっくりと残っている。クレアはミルクを小さな深皿からちびちびと飲み、エルデはまだ少し熱いスパゲッティを嬉しそうにすする。ジンは片手でフォークを動かしながら、どこか楽しげに周囲の様子を眺めている。クロはカレーの香りを吸い込みつつ、ふと表情を引き締めて話題を切り出した。
「一つ聞きたいんですが何故アレクとアンポンタンに会わせたんですか?」
ジンが軽く噴き出し、口元に薄い笑みを作る。その笑みに乗せるように、エルデが興味深そうに顔を向ける。クロの問いかけは無骨だが的確で、食卓の空気がしくっと静まる一瞬があった。
「アンポンタンって取り巻き達?」
ジンの声はあくまで軽く、からかう調子だが目は真面目だ。
「はい。面倒なんで纏めてそう呼んでます」
クロはそう言って、再びスプーンでカレーを掬い唇へ運ぶ(美味い。やはりカレーはいい)と内心で呟きながら、視線はグレゴへ向けられている。グレゴはしばらく黙っていてから、俯き加減に言葉を選ぶように口を開いた。
「腐ってもAランクハンターだ。素行はあれだが埋もれるのはもったいなくてな。クロでもダメなら諦めていたんだがその話し方からすると……」
彼の声には多少の諦観と、それに混じる期待がある。グレゴは昔から人の才覚を見抜く目を持っている。その目が届いた者を簡単に切り捨てないのは彼なりの情けであり、ある種の賭けでもある。
「はい、雇います。呪いもきついのを付けましたしお仕置きの針も仕込みました。何より彼ら自身がこのままではいけないと思っていた事、本気で反省していたことが大きいですが。ギリギリ及第点と言ったところです」
クロの口調は淡々としているが、その背後には確固たる意思がある。言葉に含まれた“呪い”や“針”という具体的な措置が、単なる慈悲ではなく厳罰と更生を同時に求める判断であることを示している。
グレゴは胸の前で短く息を吐き、少し安堵したような表情を浮かべる。
「これで更生すればいいんだがな」
「しなければ死ぬだけです。それとギルドでしばらく奉仕活動させますので」
クロの声には容赦がない。飾りのない言い方だが、その厳しさは結果を見据えた優しさでもある。どこかで救いを残しつつ、同時に逃げ道を断つ――それが彼女のやり方だった。
「巻き込むな!と言いたいが、先に巻き込んだのは俺だそれは受けよう。ただし給料は出ないし今まで被害にあったやつに何されるかわからんぞ」
グレゴの言葉には責任の自覚と不安が滲む。彼は自分の選択がもたらす波及を理解しており、それが仲間に跳ね返ることを恐れている。
「給料は私が出しますし、ギルドで起こることは甘んじて受けてもらうしかないです。そこでまた腐るなら終わりです。それ以上は何も残りません」
クロは冷たく切り捨てるのではなく、揺るぎない事実として告げた。その声音には一片の迷いもなく、食卓に響くのは食器が触れ合うわずかな音だけ。言葉の重さが空気を押し沈め、誰もがその現実を噛みしめる。
エルデはフォークを止め、口元に言葉を浮かべかけては呑み込む。無邪気さで塗りつぶせない緊張が、彼女の肩を硬くしていた。ジンはお茶をひと口含んでから、場を和らげるように軽い調子で口を開く。
「そうね、クロの言うとおりだわ。改めて更生プランを作るのがいいかしらね」
その声音には冗談めいた響きがありながらも、瞳は真剣だった。グレゴはその言葉を受け止めるように小さく頷く。彼の胸にあるのは、責任と不安、そしてわずかな安堵。
やがて話題は具体的な議論へと移っていった。誰が監督に立つのか、奉仕活動の内容をどう定めるのか、地域の人々への償いをどう形にするのか――実務的な案が次々と飛び交う。
「それ、監督役はくじ引きにでもする?」
とジンが軽口を挟み、場に小さな笑いが生まれる。
「……でも、償いって何をするっすか?」
とエルデが素朴な疑問を口にし、その声が議論をさらに具体的にしていった。
しかし、根底に流れる信念は一つだった。変わるかどうかは本人の意思だけに委ねられている。そこに手を差し伸べる余地はもうない――それ以上の救済は存在しない。
湯気の立ちのぼる皿が冷めていくのに合わせて、会話も徐々に落ち着きを取り戻していく。スプーンやフォークが皿を打つ小さな音が戻り、香辛料の匂いが空気を和らげていく。けれどもその場にいた誰もが知っていた――今日交わされた決定が、彼らの未来を確かに変えていくのだと。