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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
惑星に巣くうもの
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艦と雇用、そして新しい明日

 クロは、まず四人へ仕事内容をざっくりと伝えた。


「簡単なお仕事です。エルデと同じように――私とクレアのサポートがメインです」


 言葉を切り、しかしと前置きして続ける。


「ただし、エルデの方がもちろん扱いは上です。それは承知の上で行動してください」


 クロの瞳が倉庫の暗がりを切り裂くように一人ひとりを射抜いた。反論の余地はなく、四人は押し黙ったまま頷く。その仕草一つにすら張り詰めた緊張が漂い、倉庫の空気は粘つくように重さを増していく。


 クロは間を置かず告げた。


「――まず、私は移動用戦艦と大型輸送艦を持っています」


 腰のポーチから端末を取り出すと、淡い光が走り、投影されたホログラムが広がる。闇に浮かび上がったのは、見慣れた艦艇の概念を大きく逸脱したシルエットだった。移動用戦艦――その姿は棺桶のように無機質で、磨かれた石の塊を無理やり艦に仕立てたような異様さを放っていた。そしてもう一隻、民間の設計規格を完全に無視した巨大輸送艦。どちらも、この四人にとっては理解不能の存在だった。


「……っ!」


 誰からともなく息が呑まれる音が響く。中でもアレクの顔色はみるみる蒼白になり、歯の隙間からかすれ声が零れた。


「……あり得ない……」


(たかが一月足らずの新人ハンターが、“ワンオフ”の移動用戦艦だと? しかもこの輸送艦……帝国式の設計思想に近いが、見たことがない……! いくらバハムートだとしても、そんな理屈は通らないはずだ!)


 頭の中で疑念が渦を巻く。だが現実は冷酷だ。目の前の少女は、現に二隻を所有している。否定できる材料など、どこにも存在しなかった。


 クロはそんな動揺を気にも留めず、淡々と告げる。


「まずは、この二隻の操艦を任せます。――クーユータとランドセルです」


 場の緊張が一層濃くなるなか、ポンセクレットが恐る恐る手を上げた。クロがどうぞと促すと、彼は喉を鳴らし、小さな声で質問を絞り出す。


「あの……武装は? 輸送艦にないのはまだ分かります。でも、その移動用艦にも……ミサイルらしきものしか見えないんですが……」


 クロは表情を一切変えず、きっぱりと断言した。


「ありません。不必要ですので」


 短い一言。だがその響きは、戦いの常識を否定するどころか、常識そのものを踏み潰すほどの自信と余裕に満ちていた。


 ポンセクレットは絶句したまま手を下げ、冷や汗が背中を伝うのを感じた。


(……戦艦って、一体なんだ……? 俺が知っている“戦艦”という言葉は、もう通用しないのか……?)


 理解を超えた現実に晒され、彼の思考は疑問と混乱の層で満ちていく。呼吸は浅く、常識という足場が静かに崩れていく感覚だけが残った。


 クロは淡々と、しかし一切の逡巡なく告げる。


「なぜ無いかと言うと、単に邪魔だからです。私たちの戦闘に艦砲は要りません」


 宣告。戦闘の定義そのものを塗り替える一言。


(いや、いるはずだ。いる、よな)


 四人の胸に走るのは反射的な否定だが、誰も口には出せない。さっきまで見せつけられた“格”が、軽々に異議を挟むことを許さないからだ。


 その凝り固まった空気を、エルデがやわらげる。


「ちょっと自分からいいっすか。たぶんっすけど、まだクロねぇとクレアねぇの戦いを見てないからっす。見たら“要らない”ってわかるっすから、今は話を聞いてほしいっす」


 エルデはそこで視線をクロへ返し、続きを促す小さな合図。


「そうですね。進めましょうか」


 クロは端末の投影を切り替え、クーユータの姿だけを映し出す。その艦影を背に、淡々と告げた。


「これから惑星で長期の依頼を受けます。私たちは惑星側で依頼をこなし、コロニーに日帰りもします。その間、クーユータは惑星の近くで待機してもらいます。その為、常駐できる人材が必要です。――そこでグレゴさんに相談したところ、あなたたちを推薦されました。だから、今日ここにテイムしました」


「クロ様……言い方を」


 肩の上からクレアが苦言を呈する。その声音には、いつもの冷静な諫めが込められていた。


 クロはわずかに視線を下げ、小さく息をつくと、言葉を改める。


「……従業員として、あなたたちを雇います。契約は長期にわたり、途切れることはありません。――私とクレアが生きている限りは、あなたたちも共に歩んでもらいます」


 淡々と告げる声音には、先ほどまでの威圧とは違う、確かな責任と重みが宿っていた。


 アレクはまだ強張った表情のまま、しかし目の奥に微かな希望の光を宿し、ゆっくりと頷いた。アンジュは肩をすくめながらも、口の端に小さな笑みを浮かべる。ポンセクレットは緊張の汗を拭いながらも、思わず「……悪くないかもな」と呟きそうになるのを堪えた。タンドールは深く息を吐き出し、硬さを解いた表情で仲間たちを見回す。


 四人の反応はそれぞれだったが――その胸に芽生えたのは、確かな“明日”への期待だった。


 クロは間を置かず、さらに告げた。


「依頼のない日は――今までの罪もありますから、ギルドで奉仕活動や、お父さんのジャンクショップの手伝いなどを予定しています。……そのうち、会社のような形にしていくつもりです。だから――」


 そこで言葉を切り、クロは微笑を浮かべる。


 その笑みは、これまでの恐怖を刻んできたものではなかった。むしろ、新しい日々への期待を予感させる穏やかなもの。四人の胸に、微かながらも“未来”という感覚が芽生える。


「――長い付き合いになります。よろしくお願いします」


 倉庫の空気は依然として重い。だがその奥に、確かに新しい色が差し始めていた。

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