呪いの発動と悪魔の制裁
クロは恐怖に顔を強張らせながら互いの首元を見合う四人を一瞥し、何事もなかったように口を開いた。
「エルデ、ちょっと私の横に椅子ごと寄ってきてください」
「はいっす」
エルデは気安い調子で返事をし、ぎしりと椅子を引きずりながらクロの隣へ移動する。その音すら四人には不気味な合図に聞こえ、喉を鳴らして身じろぎした。
「さて――では説明します」
クロの声に、四人は互いの痣を見合うのをやめ、一斉に正面へと顔を向けた。その瞳には怯えが宿り、一言一句を聞き逃すまいと、息を詰めて沈黙を守る。
「エルデの首筋にも、同じ印が刻まれています」
そう言って視線を送ると、エルデは「うっす」と短く答え、首筋を示した。そこには確かに同じ焼き印のような痕があった。四人に刻まれたものより薄いとはいえ、そこに在るだけで不気味な存在感を放っていた。四人の背筋に、さらに冷たいものが走る。
「さて、この呪いは消すことができます」
クロはそう言うと、エルデの首筋に手を添え、軽く撫でる。瞬間、痕から赤い血が滲み出し、まるで呼ばれるようにクロの掌へ集まっていった。
「なっ……」
エルデは目を見開き、クロを仰ぎ見た。嬉しそうに言葉を紡ぐ前に、頭上のクレアが前足で軽く小突き、口を閉じさせる。
クロはその様子をどこか微笑ましく見守りつつ、手のひらに溜まった血を四人へ示した。
「この通り、私だけが取り除けます」
そう言うと手を握り、再び開く。赤黒い血は影も形もなく消え、掌は何事もなかったかのように白いままだった。
「――では、この呪いの発動条件を伝えましょう」
その瞬間、四人の喉がごくりと鳴る音が揃って響いた。
「一つ。これから話す内容を、誰にも漏らさないこと。すでに知っている者になら話しても構いませんが、知らぬ者へ漏らそうとした瞬間――死にます」
空気がさらに冷たく沈み込み、倉庫の奥まで凍りつくような錯覚が広がった。
エルデでさえ、先ほど自分に課されたものとは異なる呪いの重みに、息を呑んでクロを見やる。だがクロは気にする様子もなく、淡々と続けた。
「二つ。私が“犯罪行為”だと判断する行いはしないこと。その時は、全身を引き裂くような激痛が走ります」
淡々とした声音が、かえって胸に重く突き刺さる。四人は無意識に首元を押さえ、刻まれた印の熱を確かめるように震えた。
「三つ。二度と以前のような行動を繰り返さないこと。これは――自分の心に反応します」
クロの視線が静かに四人をなぞる。
「これから先、正しいとは言いませんが、それでも堂々と歩ける人生を選びなさい。もし心の底で『これは卑劣だ』と認めてしまった行いをすれば――同じように激痛が走ります」
言い切ったあと、場を支配するのは沈黙だった。重苦しい空気の中、誰もが喉を動かすことすら忘れたように硬直している。
しかし、クロはそんな空気を意に介さず、平然と続けた。
「――まあ、他にも細かい条件はありますが、この三つを心に留めておけば大丈夫です」
「いや、説明を……!」
アレクが口を開こうとしたが、クロの金色の瞳がちらりと向けられただけで、喉が凍りつき、声は消えた。
クロは淡々と表情を変えぬまま言葉を紡ぐ。
「それと、先ほどの針についてですが……これは、私のお仕置き装置のようなものです」
四人の顔が強張る。クロはわざと間を置き、冷ややかに告げた。
「例えば――私たちは女性だけです。ですから、不快な行為をした場合は……」
次の瞬間、先ほどエルデの胸元を凝視していた男の手に、稲妻のような衝撃が走った。
「ガァアアッッ!!!」
悲鳴を上げ、男はソファーから転げ落ち、腕を必死に抱え込む。痙攣する身体が床を叩き、薄闇に埃が揺れ、湿った鉄臭さが喉を塞ぎ、場の空気を逃げ場のない檻に変えていた。
クロは一瞥しただけで淡々と告げる。
「――このようになります。これは全身に激痛が走る前に、私が警告として行う仕組みです。……良かったですね、まだ手で済んで。もし“象徴”を罰したら――想像もしたくないでしょう。……理解できましたね?」
最後の言葉に、残る三人は反射的に股間へ手を当てた。背筋を滝のように汗が伝い、喉は砂を詰められたように乾ききって声が出ない。心臓が喉を突き破りそうに脈打ち、膝は勝手に揺れて止まらなかった。
(こいつ……悪魔か……!!)
口には出せない。だが三人の心は一致していた。たった今、自分たちが「呪いを受ける」と宣言したことを、ほんの少し後悔し始めていた。