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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
二度目の目覚め
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静かな潜入と始まりの尋問座標

 鍵データのインポートを終え、再び端末をかざす。ピッという音とともに、エレベーターのロックがようやく解除された。


 クロは静かに乗り込み、無言のまま扉が閉まるのを待つ。向かう先は、コロニー内――総合フレンドパーク支社兼集積所の内部だ。


「……潜入方法は、空間を歪ませれば簡単だけど……被害を出さないようにしないとな」


 そう独り言のように呟きながら、淡々とした表情で床を見つめる。やがて、エレベーターが滑らかに停止し、扉が開いた。


 正面には、施設の管理担当らしき男が立っていた。その目が、開いた扉から現れた“少女”に一瞬だけ険しさを浮かべる。


 不審。当然の反応だった。


 だが、クロは特に動じることなく、自然な所作で端末を軽く確認しながら一礼する。


 その仕草を見た管理者の表情が、ほんのわずかに緩んだ。完全に納得したわけではない――が、「登録されてる誰かだろう」「関係者の娘かもしれない」そんな曖昧な理解が、男の中で疑念を押し流していくのが見て取れた。


 言葉もなく、そのまま通過を許される。


 クロは管理者の視線を背後に感じながら、通路を進んでいく。


「……やばかった。普通に考えれば、不審者だよな。……次はもう少し誤魔化し方を考えよう」


 小さく、静かな声で呟きながら。


 クロの足音だけが、通路に淡く響いていた。


 依頼の目的地――総合フレンドパーク支社兼集積所のそばに到着すると、クロは人気のない路地へと身を滑り込ませる。周囲に人の気配がないことを確認し、静かに空間を歪ませて姿を消す。


 そして、端末の裏面に指を添え、内蔵された二機の超小型ドローンを取り出す。掌ほどのそれらは機械的な音も立てず、静かに浮上する。


 クロは端末を軽く操作し、ドローンの視界を呼び出す。上空へと上昇していくそれらが、施設の全景を映し出した。


「……警備員が多数。門の前は常時監視……もう少し全体が見られないかな……」


 ドローンを操作し、上空から施設全体を見渡せる位置へと滑らせようとする。だがその瞬間、画面が一瞬ぶれる。機体が何かに弾かれたように跳ね返され、映像が歪んだ。


 直後、施設全体に警報音が鳴り響く。


 警備員たちがざわめきながら、ドローンが接触した地点へと集まり始める。超小型ゆえに発見は免れたが、これ以上の偵察は危険と判断せざるを得なかった。


「……くっ。もう少し細かく見たかったけど、無理だな。壁沿いにはバリアらしきもの……警戒レベルも上がったはず」


 クロはすぐに指を動かし、ドローンを制御下に戻す。端末の裏に内蔵された格納部へと機体を収めると、端末を腰のポーチへと戻した。


 しばし思案。


「エアトラックの搬入口から入れれば楽だったけど……今は動いてない。……めんどくさい。姿が見えないなら、正面からでも問題ないか」


 即座に判断を切り替え、クロはそのまま行動に移す。空間を歪ませたまま、透明化した状態で正面ゲートへと向かった。


 施設の警備員たちは気配にすら気づかず、クロは何の抵抗もなく施設内への侵入に成功する。


(最初からこれで良かった。あとは建物の中に入るだけ)


 だが、入り口にはセキュリティパネルが設置されており、突破は難しい。クロは気配を殺し、静かに視線を巡らせた。


 窓はすべて閉ざされている。警戒レベルの高い施設だけあって、隙は見えない。


(さっきのドローン映像……屋上に扉があった。開いてれば、あそこから――)


 そう判断したクロは、足に力を込める。


 ふわりと跳躍。重力をものともしない軽やかな動作で、無音のまま屋上に着地する――が。


(あぶなっ)


 足をついた先、ほんのわずか下には、巡回中の警備員の頭。あと数十センチずれていれば、真上に落ちていたところだった。


(……ギリギリだった。顔面に着地しなくてよかった)


 息を殺し、足音を消したまま警備員の動きをうかがう。姿が消えている為、クロの存在にはまったく気づいていない。


 やがて警備員は、屋上の扉へ向かい、そのまま中へと入っていく。その扉は――閉まりはしたが、鍵はかけられていなかった。


(……出入りしてたから、施錠してない。鍵のかかる音もしなかった)


 クロは素早く判断し、無音のまま扉へと接近。警備員が通り抜けた直後のその隙を突き、音を立てずに扉を押し開け確認しつつ、静かに建物内へと滑り込んだ。


(まずは、潜入成功。ここからは証拠集めのターン)


 クロは足音だけを立てぬようゆっくり進み、内部の様子を観察する。通路は整理されており、整然とした業務空間が広がっていた。だが――静かすぎる。


 人の気配はまばらで、勤務中の社員の数は驚くほど少ない。その代わりに、警備ロボや巡回中の警備員が要所要所を巡っていた。


 クロは人の動きに目を向けながら、気配を殺して近づく。作業中の社員の背後に回り込み、端末に映し出されたモニターを覗き込んだ。


 そこには、在宅勤務中の社員たちとやり取りしている共有資料や、卸の数、販売実績、業務進捗などが映し出されていた。データは複雑かつ膨大で、あらゆる部署の実務情報がリアルタイムで飛び交っている。


(……なるほど。多くの社員は遠隔で作業していて、ここにいるのはその中継と管理担当か)


 複数の社員が通話端末に向かい、報告を受けながら即座にデータ処理を行っていた。その様子から、ここは外部との通信を一手に集約し、整理するハブのような役割を担っていると見て間違いない。


 クロは黙ったまま、そのやり取りをいくつか盗み見てみる。だが――そこに、求めていた内容はなかった。


 少なくとも、人身売買に関わる情報は一切確認できない。


(……別の場所か。やっぱり表向きの部門ってことか)


 クロは思考を巡らせながら、すぐに次の一手を選択する。


(警備員を一人……拉致って吐かせた方が早いかもな)


 決断した瞬間、クロの動きは鋭く、速かった。すぐさま施設内を移動し、警備が手薄で監視も甘いポイントを探す。


 やがて、ある場所に目を留める。


(……トイレ。さすがに中までカメラはないはず)


 そう判断したクロは、トイレの入り口へと静かに移動する。天井、壁の角、照明フレームの裏側に至るまで、細かく視線を走らせ、監視機器の有無を確認していく。


(……やはり。外にも中にもカメラは設置されていない)


 周囲の確認を終えたクロは、壁際に身を寄せながら思考を巡らせた。問題は、この場所にどうやって警備員を誘導するかという点にある。


(無理に引きずり込むのはリスクが高い。抵抗されれば音が出るし、タイミング次第では誰かに見られる)


 慎重にリスクを見積もりながら、クロはどうすればここへ警備員を“連れてくる”ことができるかを探る。


(……待てよ)


 一拍の静寂。ふと浮かんだ妙案に、クロの目がわずかに細まる。


(この場所を転移の座標として覚えておけば――無理に引きずらなくてもいい。いったん警備員ごと貸ドックに転移して、話を聞き終えたら気絶させて拘束し、再びこの個室に戻ってくればいい。そいつが知らなくても、何人か繰り返せば、いずれ内部に通じてる奴が見つかるはず)


 それはクロの力をもってすれば決して難しいことではなかった。音もなく、痕跡も残さず、たった一瞬で終わる。


(やるなら、巡回が孤立するタイミングを見極めて、一気に)


 クロは個室のひとつに入り、静かに床を見つめる。意識を集中させ、この空間の座標を転移先として記憶した。


 後は、適切な場所で対象を確保し、貸ドックへ転移して尋問を行うだけ。


 クロは静かに目を伏せ、口元にわずかな冷笑を浮かべる。


(ターゲットになる警備員は……地獄を見ることになる)

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