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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
惑星に巣くうもの

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救済か燻りか

 クロはそんな沈んだ様子を気にも留めず、淡々と続けた。


「沈むぐらいなら、最初からしなければよかったんです。後の祭りですね――まあ、それはさておき」


「聞いておいて!」


 アレクが思わず叫ぶ。怒鳴り声は反発というより、恥を突かれた者の苛立ちに近かった。だがクロはまるで耳に届いていないかのように、平然と続ける。


「置いておきます。どうでもいいので」


「なら聞くなよ……」


 アレクは項垂れ、沈んだ顔をさらにソファーの奥へ押し込んだ。声には怒りよりも虚脱が混じり、もはや抵抗の色は薄れていた。


 クロの声音は一定の調子を崩さぬまま、話の核心へと踏み込む。


「話を進めると――貴方たちを雇おうかと思って、ここに来ました」


 沈黙していた空気が大きく揺れる。アレクをはじめ取り巻きたちが一斉に顔を上げ、驚愕に染まった目でクロを見つめた。疑念と困惑が入り混じり、本気なのかと問いただしたい思いが視線に滲む。


 だが、クロの顔には何の変化もなかった。柔らかさも笑みもなく、ただ無表情に淡々と告げる。


「条件として、制約を付けます――まあ、呪いですね。それに同意してもらえれば、今この場で契約を結び、呪いを付与します」


 その瞬間、クロの金色の瞳がさらに強い輝きを放った。薄暗い倉庫の中で、その光は異様な存在感を帯び、視線を逸らすことすら許さぬ力を孕んでいた。


 アレクたちは口を開こうとしたが、喉が塞がれたように声が出ない。抗うこともできず、ただその瞳に吸い込まれていく。


「今なら拒否できます」


 クロの声音は平坦で、感情の揺らぎを一切含まない。


「ただし、これはある意味チャンスです――グレゴさんから与えられた」


 淡々とした響きの中に、不意に本音が差し込まれる。


「正直に言いますと、別に貴方達でなくてもいいんです。それに、二度目に出会ったとき――もしそこに誰も居なければ、私は迷わず塵に変えていました」


 冷たい告白に、倉庫の空気が沈黙に押し潰され、舞い上がった埃がゆっくりと落ちていく。


「だから、どちらかと言えば私は貴方達を嫌悪しています」


 その一言が突き刺さった瞬間、恐怖が渦となって四人を包み込んだ。


 ――目の前にいるのは、ただの少女のはず。


 だが、その奥底から警鐘が鳴り響く。違う、と。


 ここにいるのは人ではない。獣でもない。魂そのものを圧し潰す化け物だ。


 だから、自分たちは逃げたのだ。心の奥底――魂そのものが、必死にそう叫んでいた。


 クロは彼らの震えなど意に介さず、淡々と告げた。


「――これは私からの提案ではありません。グレゴさんが、貴方達への救済のために選んだ行動。そう受け止めてください」


 言葉を区切ると、再び視線を鋭く向ける。


「それで――救済を受けるのか。それとも、このまま燻り続けるのか……選べ」


 最後の声音は、もはや少女のものではなかった。耳に届いた瞬間、形容しがたい“別の存在”の声が空気を震わせ、倉庫全体を支配する。人ならざる圧がその場に満ち、息を吸うことすら難しくなる。


 恐怖に飲み込まれながらも、アレクは必死に思考を巡らせた。これから先、クロと共に歩むなら――今まで迷惑をかけ、傷を残した者たちと必ず再び向き合うことになる。己の罪を直視し、清算しなければならない未来。


 もう一つは、このまま燻り続ける道。表に出ることなく、腐り果て、ほぼ確実に再び罪に手を染めていく未来。


 ならば――答えは一つしかない。


 分かっている。頭ではとうに結論が出ている。


 だが、目の前にいる“少女の姿をした化け物”が恐ろしすぎて、言葉が出ない。代わりに、冷や汗が背を伝い、指先が小刻みに痙攣している。


 アレクの胸の奥には、すでに選んだ未来が確かに存在していた。それでも言葉にする勇気だけが、どうしても湧き上がらない。


 沈黙が長く伸び、倉庫には重い時間だけが積み重なっていく。


 やがて、かすれた声が空気を裂いた。


「……確認したいことがある」


 クロの金色の瞳が微動だにせずこちらを射抜く。


「聞きましょう」


 喉を震わせながら、アレクは搾り出すように問いを放つ。


「呪いとは……なんだ? お前は……いったい何者なんだ?」


 汗が額を伝い落ちる。睨みつけようと目を見開くが、恐怖が混じり、鋭さを欠いた中途半端な視線になってしまう。


 クロは一瞬の間も置かず、淡々と告げた。


「呪いは呪い。解釈も理屈も不要です。それ以上でも以下でもない」


 声は静かだが、空気を凍らせるほどの確かさを帯びている。


 そして言葉を継ぐ。


「私のことは……話せません。それを口にできるのは、貴方が呪いを受けたときか、死を迎えるときだけです」


 突き放すような返答。説明の欠片もない冷徹さに、アレクの背筋に凍えるものが走る。そして改めて突きつけられる。選択肢は――ただ一つしかない、という厳然たる事実を。

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