再会と突きつけられる現実
クロの視線の先には、顔の骨格が歪んだ男がいた。かつての精悍さは影もなく、皮膚の奥に残っているのは、クロが刻んだ制裁の傷跡と、今も消えぬ恐怖の影。
クロがギルド初日に制裁を下し、二度目の勧告で辛うじて生き延びることを選んだ男――アレク。その背後には同じく荒んだ取り巻きたちが身を寄せ合っている。
彼らの顔には、もはや憎悪の色は残っていなかった。ただ残っているのは、圧倒的な存在を前にした者のどうしようもない恐怖。だが、かつてはギルドのAランクハンターだった男。腐れ果てたとはいえ、その矜持の残滓がまだ体内にくすぶっていた。
「なっ、何の用だっ! おっ、俺は……お前に何もしてない!」
震える声に必死で威を張らせ、声量だけを荒げる。口先の勇気に合わせて、取り巻きたちも慌てて頷く。その首の動きは妙に速く、まるで恐怖を隠す代わりに形だけの忠誠を誇示しているようだった。
クロはそんな様子を静かに眺め、ゆっくりと肩にリボルバーを持ち上げた。銃口を向けるのではなく、ただ“そこにある”と示すように肩口に置く。その仕草だけで、アレクたち四人の肩が同時にびくりと跳ね上がった。倉庫の空気がさらに張り詰める。
「なるほど……なるほど。海賊に身を落とさなかったということは、まだ――ぎりぎり更生の余地がある“大バカ者”ってことですかね」
吐き捨てるような声には、嘲りよりも冷淡な興味が宿っていた。
クロの瞳が金色に揺れ、淡く光を放つ。
「――大人しく従うか。腕の骨を折られて従うか。好きな方を選んでください」
それは選択肢などと呼べるものではなかった。アレクたちにとっては寝耳に水の宣告であり、呼吸すら満足にできぬまま迫られる二択だった。反論を試みる勇気など持ち合わせておらず、ただ追い詰められる感覚だけが胸を締めつけていく。
「クロねぇ、さすがに話が飛び過ぎっす」
エルデが遠慮のない声で割り込み、すぐに身を寄せて耳打ちする。
「もっとちゃんと説明した方が良いと、クレアねぇが言ってますっす」
クロはちらりと視線を上げ、エルデの頭に乗るクレアを見る。クレアは静かにこくりと頷き、その瞳に「説明しましょう」とでも言いたげな意思を宿していた。
小さく息をついたクロは正面へと向き直り、未だ怯えに足を縫い付けられたように動けぬ四人へ声をかける。
「……では、最初から話しましょうか。椅子はありますか?」
唐突な問いに、アレクはぎこちなく取り巻きへ指示を飛ばす。数瞬後、彼らは慌ただしく椅子を運び、先ほどまで熱中していたホロディスプレイを慌てて閉じる。虚しく消えたゲーム画面の前へ、二脚の椅子が並べられた。
「どっ、どうぞ……」
取り巻きの一人が怯えた声で促す。クロは一瞥してから音もなく腰を下ろし、その隣にエルデが「ありがとうっす」と気軽に腰掛ける。
その瞬間、取り巻きの一人がつい視線を滑らせ、エルデの胸元を露骨に盗み見る。小さな仕草だったが、クロの目は見逃さなかった。静かに口を開く。
「……分かっていると思いますが、命を握っているのはこちらです」
その言葉に合わせ、肩に置いたリボルバーをわずかに持ち上げ、光を受けて鈍く輝かせる。場の空気が再び凍りつく。
そして、この瞬間ばかりは四人の心が一致していた。
(お前の方が、よっぽど大バカ者だ……!!)
場が凍りついたまま、クロはゆっくりと口を開いた。
「さて――話を聞く態度が整ったところで、説明します」
(整ってねぇ!!)
四人は心の奥底で一斉に叫んだが、声になることはなく、ただ視線を逸らし肩をすくめるばかりだった。クロはそんな彼らを意にも介さず、淡々と語り出す。
「今度、惑星で長期の依頼を受けることになりました。そこで、どうしても人手が必要になる事態が想定される。そこでグレゴさんに相談したところ――“燻ってる大バカ者が四人ほどいる”と言われましてね。確認しに来たら、それがまさか貴方だったとは」
そこで一拍置き、クロはわずかに目を細めた。
「さて。今まで、どう過ごしていました?」
その問いに、アレクは顔の歪みへと無意識に手をやり、苦々しげに吐き出す。
「……何もしてねぇ。今まで貯め込んだ武器や戦艦、機動兵器を売り払って、その日暮らしだ」
「他の三人も、同じですか」
クロの静かな問いに、アレクは視線を逸らしながら頷いた。
「前科にこの顔だ。このコロニーじゃ俺を知ってる奴が多い。働こうとしたって門前払いだ……。こいつらも同じだ。……かといって、他のコロニーに行く気にもなれねぇ」
言葉を吐き捨てるように零したアレクの声は、倉庫の壁に鈍く反響した。どこかで自分を呪いながらも、変えられない現実への諦めが滲んでいる。
クロは静かに彼を見据え、淡々と切り捨てる。
「――背負ってきたものの答えが、今の貴方ということです」
その言葉は、情けも憐れみもない直球だった。倉庫の空気がさらに冷え、アレクたちの肩が重く沈む。