燻る四人と再会
眼前に広がったのは、かつての面影を失った広い倉庫だった。壁際には埃を被ったままの古いエアカーが無造作に置かれ、並ぶはずの武器ラックは今や空白だけを残している。かつてそこに整然と並んでいた光景が、かえって今の荒れ果てた静けさを際立たせていた。
天井から吊るされたスピーカーは沈黙を続け、表面には煤けた汚れがこびりついている。隅には脚の沈み込んだソファーと乱れたベッドが押し込まれており、使い古された匂いが漂っていた。積み重なった時間と無関心が、空間全体を鈍い灰色に染め上げている。
だが、その中でひときわ異質な光が瞬いていた。ホロディスプレイに投影されるのは、鮮烈な色彩を放つゲームの戦闘画面。
汚れの目立つソファーに腰を沈め、ゴーグルとヘッドセットを装着した四人組が夢中で操作している。指先は素早く動き、身体は前のめりに傾き、視線は画面に釘付け。倉庫の荒廃した空気とは正反対に、そこだけ熱が渦を巻いていた。
白熱する戦闘の最中、彼らはクロたちの存在にまるで気づいていない。飛び交うのは罵声混じりの言葉。荒っぽい声が重なり合い、倉庫の静けさを乱暴にかき消していく。
「まったく……グレゴさんの言う通り、燻ってるだけの大バカ共みたいですね」
クロの声は冷ややかで、倉庫の埃っぽい空気を震わせた。その声音に四人組はまだ気づかず、荒んだ笑い声を響かせている。
クロはすぐさまエルデに視線を送り、短く命じる。
「エルデ。出力を弱めて、破壊しない程度にぶちまけてください」
「ラジャーっす!」
エルデは笑みを浮かべながら、躊躇なくビームシールドを解除。両腕から、獰猛な獣の爪のようにダブルガトリングが展開される。その光景に、倉庫の薄暗がりが一瞬で戦場の緊張感を帯びた。
「とりあえず、軽く痛みを与えるぐらいでいいっすね?」
その確認の声が終わるより早く、思考操作に応じたウルフが低く唸りを上げる。内部で空気が収束し、重苦しい吸引音が響く。次の瞬間、咆哮のような轟きとともに、四門の砲口から圧縮空気が一斉に吐き出された。
轟音と衝撃波が倉庫を揺らし、古びたソファーもベッドも埃を舞い上げて震える。その場にいた四人は、音に気づいた時にはもう遅かった。
「ぎゃあっ!」
「な、なにっ!?」
悲鳴を上げながらソファーの影に飛び込み、必死に身を縮める。汚い言葉を吐いていた口は恐怖で塞がれ、残ったのは混乱と叫びだけだった。
エルデはその様子を楽しむように、圧縮空気を四方へとばら撒く。遠吠えに似た吸引音と、破裂する空気の轟きが重なり合い、怯えた声を飲み込んでいく。倉庫は一瞬、嵐のただ中のように荒れ狂った。
クロはその背にそっと手を置き、短く告げる。
「もういいです」
その合図で、エルデの両腕が静かに沈黙した。
次の瞬間、倉庫には沈黙が広がった。破壊された物は一つもなく、宙を漂うのは埃と、途切れ途切れにこぼれる悲鳴の余韻だけ。空気は張り詰め、恐怖に歪んだ四人の顔だけが生々しく残っていた。
「いいっすね……ウルフ最高っす……まだ体が震えるっす」
エルデはうっとりとした声音で呟き、恍惚とした笑みを浮かべる。肩の震えが恐怖ではなく興奮から来ていることが、後ろにいるクロには痛いほど伝わってきた。
その頭上で、クレアが悔しげに喉を鳴らす。
「なるほど……ウルフという名前には似合うと、少しだけ認めてあげましょう」
しぶしぶと頷きながらも、視線にはまだ抵抗が残っている。ずっと名前に反対していたからこそ、その言葉は精一杯の譲歩だった。
クロはそんなクレアに苦笑を漏らし、肩越しにエルデへと手を置いた。
「エルデ、落ち着いて。とりあえず、私の後ろに」
「うっす」
短い返事とともに、エルデは名残惜しげに砲身をシールドへ収納し、静かにクロの背後へ下がる。その動作に、先ほどまでの昂揚がようやく収束していった。
クロは前を見据え、ソファーの影から恐る恐る顔を覗かせる四人を見つめる。
荒んだ空気の中で、その顔ぶれを認めた瞬間、クロの瞳がわずかに揺れた。
「おやおや……お久しぶりですね、アレクさん。まさかこんな場所で顔を合わせるとは思いませんでした」
口元に薄い笑みを浮かべながらそう呟いたクロの瞳は、金色の光を宿し、闇の中で静かに輝いていた。