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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
惑星に巣くうもの
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不法占拠の保存庫へ

「惑星行きの依頼説明はその人たちをテイムしてからにしましょう」


「おい!」


 ギルドのカウンターに響いたグレゴの怒声を、クロは軽やかに背で受け流す。そのまま歩き出すと、クレアを肩に乗せ、迷いなく出口へと向かった。


「エルデ、案内をお願いします」


「お任せっす!」


 端末を確認し、勢いよく頷いたエルデが「こっちっす!」と声を張りながら先頭を切る。その後ろを、クロとクレアがゆったりとついていく。


 途中の売店で足を止め、エルデが「これ飲んで行きましょう!」と笑顔でジュースを二つ買い込む。クロは受け取った紙パックを軽く振ってから一口含み、喉を潤す。そのまま掌に少しだけジュースをため、肩の上にいるクレアの口元へ差し出した。


 クレアは細い舌を伸ばし、ぴちゃぴちゃと小さく音を立てて飲む。ほんの一口の甘味が狼の瞳をやわらげ、三人の間にささやかな休息の空気が流れた。


 小さな一休みを終え、再び歩き出した彼らはやがて農業エリアに隣接した一角へ辿り着く。広がる畑には青々とした作物が風にそよぎ、陽光を浴びてきらめいていた。しかし、その片隅には、いくつもの保存庫が並んでいた。


「この辺っすね……」


 端末を確認したエルデが足を止める。そして顔を上げると、すぐに眉をひそめた。


「……というより、あれっすね」


 その声音には呆れが滲んでいた。


 視線の先、複数ある保存庫のうち一つだけが異様な空気を放っていた。外壁には赤や黒のスプレーで描かれた得体の知れないマークがいくつも重ね塗りされ、まるで何重もの烙印のように壁を覆っている。正面には「不法占拠禁止」「立入厳禁」と大きく記された看板、さらに複数の警告文が貼られていたが、それらは落書きに塗りつぶされ、無残に意味を失っていた。


 壁にこびりついたスプレーの層は、「ここは俺たちの縄張りだ」と主張してやまない。保存庫全体が荒んだ気配を纏い、陽射しの下でも薄暗い影をまとっているようだった。


 クロは片手を上げると、別空間からリボルバーと、エルデ用の“ウルフ”が収められた専用ボックスを取り出す。金属の縁が光を反射し、緊張感を帯びた空気がその場に走った。


「はいっす!」


 エルデは嬉しそうにボックスを受け取り、まず専用の思考検知ヘッドバンドを装着する。額に当てた瞬間、瞳に鋭い光が宿った。次にボックスへ手を差し入れると、装置が彼の腕を捕らえ、音もなく固定する。引き抜いた瞬間、両腕にはシールドモードのウルフが展開され、新品の輝きが光る。


 エルデは軽く構え、にやりと笑った。


「準備完了っす!」


 その姿を見て、クロも口元を引き締める。


「さて、殴り込みますか」


「クロ様、野蛮ですよ」


 クレアがじとりとした目で呟く。その声音にクロは苦笑を浮かべながらも、エルデへ視線を送った。


「エルデ、威力を気絶程度に抑えて、一気に扉を破壊しましょう」


 しかしエルデは一瞬言葉を詰まらせ、真剣な顔で首を横に振る。


「クロねぇ、さすがにそれはだめっすよ」


「え?」


 クロが目を丸くする。その反応にクレアがすかさず言葉を重ねた。


「それでいいんです、エルデ。違うことは違うと、きちんと言ってあげなさい!」


「はいっす!」


 エルデの力強い返事に、クレアは満足げに頷いた。クロは一瞬だけ不満げに眉をひそめたが、やがてどこか嬉しそうに肩をすくめた。


「では、正面から行きましょう。エルデはシールドを展開して私の後ろにつきなさい。クレアは私の肩から移動して、エルデの頭の上へ」


「わかりましたクロ様!」


「了解っす!」


 二つの声が重なる。クレアは軽やかにクロの肩から跳び、身をかがめたエルデの頭上へと移った。小さな狼の姿がぴたりと収まると、エルデは両腕を前に構え、ビームシールドを展開する。透明な光壁が音もなく広がり、扉前の空気がぴんと張りつめた。


「相手に攻撃の意思がなければ、そのまま静観してください。だが、攻撃の兆候が見えたら……気絶程度の威力で撃ち抜いていきます」


「クロ様、それもどうかと……」


 クレアが不安げに口を挟むが、エルデは迷いなく拳を握りしめた。


「了解っす!」


 二つの異なる反応に、クロは小さく笑みを浮かべる。そのまま先頭に立ち、ゆっくりと歩を進めた。


(さて……誰が待っているのかな。どうせなら、力はあるのに持て余しているような奴だといい。テイムしがいがある)


 胸の奥でそんな不穏な期待を抱きつつ、クロは保存庫の大きな扉に手をかけた。冷たい金属が掌に重くのしかかり、油の抜けた軋みが耳に刺さる。周囲は一瞬、息を呑んだように静まり返り、かすかな埃の匂いが鼻をかすめた。重苦しい静寂の中で、スライド扉がゆっくりと左右に開いていく。

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