従業員募集(?)
グレゴはしばし黙り、やがて無骨な指を軽く上に向ける。
「……もし本当にいつでも動けるなら、さっさと説明を受けてけ。二階にいるジンに言えば、依頼の詳細を聞ける」
そう言いながらも、視線には「どうするんだ」という問いが込められていた。
クロは短く息を整え、思考を言葉へとまとめていく。
「惑星への移動はクーユータで可能ですし、ファステップが完成した今なら惑星内での移動も心配いりません。ギルドにも徐々に人が戻ってきていますし、私のリボルバーのメンテナンスも済みました。エルデの“ウルフ”も新たに手に入れた。さらに――」
わずかに声を弾ませ、胸を張る。
「大気圏からのカッコいい着地の研究や、登場の名乗りも完璧です」
「……おい、なんか最後の部分、いらねえのが混じってんぞ」
グレゴのツッコミは低く鋭い。だがクロはまるで聞こえなかったかのように流す。
代わりにクレアが前足をぴくりと震わせ、呆れを隠せない瞳でクロを見上げていた。
「クロ様……」
その声音には“またですか”という諦めが込められている。
クロは気を取り直したように顎に指を添え、真剣な表情で続ける。
「補給については、食品などの物資を頼めば解決しますし……あとは、一人奴隷が欲しいですかね」
次の瞬間、周囲の空気が凍りついた。
グレゴが目を剥き、カウンター越しに身を乗り出す。
「お前……アホなのか?」
呆れた声は抑えきれない苛立ちを孕んでいた。
クロは「あっ……!」と声を裏返し、両手をぶんぶんと振った。
「い、今のは違います! 奴隷……じゃなくて! 従業員です! 従業員!」
顔を真っ赤にしながら必死に言い直す姿に、グレゴの額の皺はさらに深く刻まれていった。
「間違えねえだろうが!」
怒鳴りつつも、完全に本気で怒りきれない。諦めにも似た、複雑な感情がそこにはあった。
そのやり取りに、エルデは肩を震わせ、今にも吹き出しそうになる笑いを必死にこらえていた。隣のクレアは小さな前足で目を覆い、まるで「見なかったことにしたい」とでも言うように顔を背ける。
グレゴは額に手を当て、深く長い溜息を吐いた。肺の奥にこびりついた疲労を押し流すように息を吐き切ると、ようやく声を絞り出す。
「……で、なぜ従業員が必要になる?」
問いに、クロは当然のことだとばかりに背筋を伸ばす。
「簡単な話です」
声音は落ち着いていて、本人はいたって真剣だ。
「私たちが惑星で動いている時や、家に戻っている間にも、クーユータに誰か常駐していてほしいんですよ。問題は起きないと思いますが、万が一に備えるのは当然でしょう。だから、私に従順で忠実に仕えてくれる人材を――」
理路整然と述べる調子に、クレアは言葉を失った。小さな耳をぴたりと伏せ、顔を覆った前足の隙間から呆れた視線を送るだけだ。
(クロ様……そこは素直に“仲間”とか“スタッフ”と言えばいいんです!)
内心で叫ぶも、声には出せなかった。
一方のエルデはきょとんと首をかしげている。まるで話の核心が理解できず、ただ「クロねぇがまた難しいことを言ってるっすね」という程度の反応に留まっていた。
そんな三者三様の空気をよそに、グレゴは腕を組み、俯いたまま肩を震わせる。長年の場数を踏んだ男の、諦めと苦笑が入り混じった仕草だった。
クロが小さく首を傾げ、控えめに問いかける。
「……いませんよね?」
わざとらしく溜息をひとつ落とした後、グレゴは口の端を吊り上げて言い放つ。
「……いることにはいる。しかも一人じゃねぇ。四人ほど燻ってる大バカ者どもがな」
吐き捨てるような調子だったが、その声音にはわずかな温度が混じっていた。面倒を起こしてばかりの厄介者ではあるが、腕は確かな者。自らの行いで行き場をなくし、力を発揮できずくすぶり続けているだけの連中――コロニーの隅で見かけることの多い顔ぶれが、グレゴの脳裏に浮かんでいた。
その言葉に、クロの瞳がぱっと輝く。クレアは再び頭を抱え、エルデは「大バカ者?」と小声で繰り返し、状況を理解できずに首を傾げ続ける。
ギルドのカウンターに漂う空気は、真剣さと滑稽さが入り混じり、不思議な温度を帯びていた。
背後の居酒屋ではジョッキのぶつかる音が響き、笑い声が断続的に上がる。だがカウンター付近の客たちは、思わず耳をそばだててこのやり取りを聞いていた。クロの「奴隷」発言の瞬間には、誰かが盛大に酒を噴き出し、別の卓からは咳払いで誤魔化す声が上がる。場のざわめきと、この一角に流れる微妙な空気とが入り混じり、なんとも言えない光景を作り出していた。