陸上モードと最終確認
急なお知らせとなり申し訳ございません。
通院のため、明日の更新はお休みとさせていただきます。
楽しみにお待ちくださっていた皆さまには、事前にお伝えできず誠に申し訳ございませんでした。
どうかご理解いただけますと幸いです。
今後とも『バハムート宇宙を行く』をよろしくお願いいたします。
一方でアヤコは端末に視線を落とし、最後のチェックを進めていた。
「エルデ、エラーは出てない?」
『ないっす! 数値は全部正常っすよ!』
「OK。これでひと通り大丈夫だね」
アヤコが明るく言い切ったその直後、クロがわずかに首をかしげて口を開いた。
「……まだ陸上モードを見ていませんが?」
機体を見据えるクロの瞳は、なおも熱を帯びていた。その真剣さに、アヤコは思わず「アハハ……」と乾いた笑いを漏らす。
「はいはい。エルデ、陸上モードにしてみて」
『了解っす!』
弾けるような返事とともに、太腿部の後方に格納されていたユニットが滑り出す。重い音と共に、足裏の装甲がわずかに開き、そこから小ぶりなボール型タイヤが展開された。次の瞬間、機体の全高がほんの数十センチほど持ち上がる。
それだけだった。
「――はい。これが陸上モード」
アヤコが端的に告げると、クロは言葉を失い、しばらく沈黙した。
「……ホントにこれだけ?」
慎重に確かめるような問いに、アヤコもシゲルも揃って頷いた。
「これだけだ」
あっけない返答に、クロの瞳に宿っていた期待の光は一気に色を失う。肩の力もわずかに抜け、どこか寂しげな表情が滲んだ。胸に広がった空白感を押し隠すように、クロは何度も瞬きを繰り返した。
シゲルは苦笑しながら頭をかき、ため息を混ぜて言葉を継ぐ。
「サイズの問題だ。どうしたってデカすぎる。これ以上やろうとしたら構造が持たねぇ。……だからこれが限界だ」
彼は甲板に映る機体の影を顎で示しながら、続ける。
「大丈夫だ。飛行モードのまま翼を畳めば十分に地上を走れる。いわば“陸上モード”は飛行と人型の延長に仕込んである。機能を分ける必要なんざねぇ」
「それは……」
クロが口を開きかけたが、その声をアヤコが軽やかに遮った。
「それにさ、宇宙空間じゃ使い道がない。地上でだけしか使えないギミックを独立させても意味ないからね。だから他のモードに埋め込んだの」
彼女はにこやかに微笑み、クロへと視線を送る。
説明は合理的だった。だが、クロの胸にはどこか釈然としない思いも残る。
そんな彼女を横目に、クレアの耳が小さく揺れた。期待と現実の落差がもたらす空気を察し、彼女はそっと息を吐いた。
その場の空気を切り替えるように、シゲルが低く響く声で口を開いた。
「――さて。これでようやく完成形だ」
彼は大きな掌で機体を示しながら、簡潔に説明を始める。
「頭部コックピットだが、人型で降りるときは頭部の後ろからアクセスする。飛行モードなら上部ハッチ、箱型では正面の装甲を開いて出入りする仕組みだ。武装については――箱型では何も持たねぇ。飛行と人型は共通で、胸部の量子ビームキャノンに加えて、両手の甲にはビームランチャー兼ビームセイバーを仕込んである」
シゲルは一度言葉を切り、クロとアヤコの顔を順に見やる。
「それと重要なのは変形だ。順番を踏まなきゃならねぇ。箱型から一気に人型へは行けない。必ず飛行形態を挟む。逆も同じだ」
淡々とした口調の奥に、職人としての矜持がにじんでいた。
その説明に、アヤコが端末を操作しながら頷く。
「じゃあエルデ。今度は箱型モードに戻してみようか」
『了解っす!』
エルデの張りのある返事と同時に、巨体が唸りを上げて動き出した。
人型から飛行形態へ、そしてさらに四角い箱へ――工程はまるで巻き戻し映像を眺めているかのように、重厚な装甲が次々と折り畳まれていった。
「……おお」
クロの口から、思わず感嘆が漏れる。複雑な変形が引っかかり一つなく収束していく様子は、単なる機械仕掛けを超えた美しさがあった。
その横でクレアは小さく耳をぴくりと動かし、柔らかな微笑みを浮かべる。四角い箱へと戻った姿は、どこか滑稽でありながらも、確かな安心感を与えていた。
すべての変形を終え、エルデは端末をスリットから外してハッチを開く。甲板に姿を現した彼女の顔は満面の笑みで輝いていた。想像していたもの、いやそれ以上の機体を目にした喜びが、全身から溢れていた。
「すごいっす! めちゃくちゃよかったっす!!」
弾けるような声で叫ぶエルデ。その勢いにアヤコは思わず笑みを深め、歩み寄って迎える。
「どう? エルデの組み立て案よりは、だいぶ変わっちゃったかもしれないけど」
問いかけに、エルデは首を横に振り、胸を張って即答した。
「全然問題ないっす! むしろ、素人の自分の案を少しでも採用してもらえたのが、めっちゃ嬉しいっす! ……熱を出してまで考えた甲斐があったっす! 諦めずに考え続けたからこそ、今こうして形になったんす!」
その無邪気でまっすぐな言葉に、アヤコもシゲルも自然と頷き、甲板の空気は柔らかな熱気で包まれていった。