依頼先と鍵忘れ親子
クロはギルドを出て、静かな公園まで足を運んだ。人気のないベンチに腰を下ろし、腰のホルダーから端末を取り出す。
今回の依頼先――その所在地を確認するため、地図を呼び出した。
目的地は『総合フレンドパーク支社兼集積所』。表示された企業名に、クロのまなざしがわずかに揺れる。
詳細には、こう記されていた。
『小さな部品から大きな戦艦まで、あなたと商品を繋ぐお友達。その広場をご提供します』
どこか遊興施設のような言い回し。だが、実態は違う。取り扱いは多岐にわたり、各種専門店をはじめ、販売業・仲介業・卸業、そして軍御用達。広域に流通網を持つ、れっきとした総合商社である。
クロは端末を指先で操作し、さらに詳細情報へと目を通す。
その中に――見覚えのある名があった。
アニマルパーク。彼女が初めての依頼で訪れた――あの販売店の名だ。
系列企業の一つとして、その名ははっきりと記載されていた。さらにその下には、小さな文字で謝罪文が添えられている。
『本件につきましては、系列内での管理不備によりご迷惑をおかけしました。今後の再発防止に努めてまいります』
その定型的な文面を読み終え、クロはわずかに目を細めた。
「繋がりはある。でも……尻尾切り、かな?」
言葉に感情はほとんどなかった。けれど、そこには静かな警戒が宿っていた。
端末をさらに操作し、目的地の正確な位置を確認する。地図上に示されたのは、宇宙港のすぐ近く――搬入路と集積施設が集まる物流区画だった。
「歩くより、一度貸ドックに転移してから向かったほうが早いか」
周囲に視線を走らせる。人影はない。監視の気配も、感知されない。条件は整っていた。
クロの姿が、音もなくその場から掻き消えた。
転移先は、貸ドックの区画。無機質な通路の空気を感じながら、クロは静かに歩を進める。そのままエレベーター前まで到達し、端末をかざしてロックの解除を試みた――が。
扉は反応しない。
目の前に浮かぶエラーメッセージに視線を落とした瞬間、シゲルの声が脳裏に蘇る。
『鍵データ、送っておく』
「……貸ドックの鍵データが来てない」
クロは静かに呟き、無言でため息を吐き、そして小さく、静かに呟いた。
「あの飲んだくれめ……」
すぐに通信を開く。呼び出したのは、シゲルではなくアヤコだった。
『はいは~い。クロ? どうしたの?』
「飲んだくれに、鍵データを送るよう伝えていただけますか」
淡々とした声に、アヤコは苦笑混じりに応じる。
『あ~……やっぱり忘れてたのね。了解、ちょっと待ってて』
その直後、端末の向こうから響く大声。
『じいちゃーん! クロが鍵データ来てないって言ってるー!』
遠くで言い合う声が交差し、やがて通信先が切り替わる。シゲルが、どこかバツの悪そうな声で応答した。
『代わった。送ってなかったわ。今送った。確認しろ』
クロは通信を繋いだまま、端末を操作し受信データを確認する。添付されたファイルには、たった一言――「すまん」とだけ記されていた。
「確認しました。ありがとうございます」
『おう。またビール頼むわ』
言い逃げのような一言を残し、シゲルは通信を切った。
「トラブルはあったが……よし、行こう」
クロは、再び端末を掲げる。静かな所作でデータを起動させ、扉の端末に読み取らせようと――した。
が、また反応はない。
端末の画面に再び現れる、無機質なエラー表示。ロックは、また解除されなかったのだ。
クロは、ほんの一瞬だけ動きを止める。
そのまま画面を見下ろし、エラーコードの内容を確認する。原因は、明白だった。
受信したはずの鍵データ――それを端末へのインポートを、忘れていた。
「……入れてなかったわ」
クロは静かに呟き、わずかに瞼を伏せた。そこに焦りも怒りもない。ただ、自分の不備を淡々と受け入れるだけ。
そして、ぽつりと続ける。
「……ほんと、親子じゃないのに親子みたいだ」
口元に、ほんのかすかな笑みが浮かぶ。それは誰に見せるでもない、音もなく溶けていく笑みだった。
次こそは――と指先を滑らせ、今度こそ鍵データを端末へ正しく登録する。そして、再び無言でロックパネルにかざした。