試運転と歓喜
その後、レッドライン一家はそれぞれの役割を果たしながら動き出す。クロとクレア、そしてエルデは日々の狩りに出て、怪獣討伐や海賊狩りで実戦を重ねていた。一方でシゲルとアヤコは、通常業務の合間を縫いながらエルデの機体の最終設計を進め、組み立て業者への依頼を取りまとめていた。
ギルドでは、フロティアン国の宙域の治安が徐々に回復してきたこともあり、各コロニーに応援へ出ていたハンターたちが戻り始めていた。活気を取り戻す気配は、クロたちにとっても次の依頼に挑むための大きな追い風となっていた。
そして、ある日――。
クーユータの上部甲板。その中央に、巨大な四角い箱が鎮座していた。オレンジと黒に塗り分けられた外装は無骨ながら鋭い存在感を放ち、ただそこにあるだけで周囲の空気を圧し潰すような迫力を纏っている。約十メートル四方の巨体。その前に立つクロたち。とりわけエルデは期待を隠しきれず、胸を弾ませながら目を輝かせていた。
シゲルが一歩前に出ると、拳で軽く外装を叩く。カン、と乾いた金属音が甲板に響き渡った。
「出来たぞ。これがエルデが考え、俺とアヤコが仕上げた四段変形機体だ。……まったく、組み立て業者には呆れられたけどな」
豪快に笑いながら、シゲルは再びカンカンと外装を叩いた。金属音は誇らしげに響き、まるで新たな物語の幕開けを告げる鐘の音のようだった。
「完成した。これがエルデの機体……名前はまだない」
「これは、どこから乗るんです?」
クロの問いに、アヤコが機体の正面へ歩み出る。中央のパネルに指を滑らせると、厚く重なった装甲が上下に割れ、隙間からハッチが現れた。続いて簡易タラップが展開され、甲板へと降りていく。
「ここがコックピット。エルデ、乗って」
「はいっす!!」
弾けるような返事とともに、エルデはタラップを駆け上がった。胸の高鳴りを隠そうともしない姿に、クロは思わず目を細める。
タラップの先には、シートが据え付けられた操縦席があった。両脇にはアームレバー、足元にはフットペダル。さらに頭部に合わせて脳波検知装置が備え付けられており、直感的に操作できるシンプルなコックピットだ。
後に続いたアヤコが中へ入り、エルデに説明する。
「端末を前のくぼみに差し込むと、それがキーになって動く仕組みだよ。登録してある人だけが起動できる。今のところ、私たち三人しか動かせない」
さらに内部の仕組みを簡潔に指差しながら補足した。
「今は動いてないけど、端末を差し込めばエンジンが始動する。それと――このコックピットは全周囲モニターだから、どの角度でも視界が取れるようになってる」
「す、すごいっす! 自分の考えてたより、ずっと進化してるっす!」
エルデの瞳がさらに大きく見開かれ、言葉が自然に漏れる。
「でも、まだ端末は差さないで。……私が外に出てからね」
アヤコは軽く手を挙げ、先にコックピットを後にした。
再び甲板に戻ると、クロと視線を交わし、小さく頷く。
「いいよ。エルデ、端末を差して」
「了解っす――起動っす!!」
弾けるような声がドックに響き渡り、端末が差し込まれた瞬間、ハッチが自動で閉じていく。低く唸る起動音が箱全体を震わせ、重々しい共鳴が空気を揺らした。
「エルデ、マイクは私の声を拾ってる?」
アヤコが確認すると、すぐに機体から声が返ってきた。
『聞こえるっす! ……これ、エンジンは量子エンジンっすか?』
期待と緊張が混ざる声に、アヤコは口元を緩めて答える。
「そうだよ。粒子エンジンじゃなくて、今回は量子エンジンを選んだ。パワーもあるし、意外に思うかもしれないけどコストも安いんだ」
その言葉にクロが首をかしげると、すぐにシゲルが気づいて口を開いた。
「粒子エンジンはな、フォトン社みてぇな一部の企業しか扱ってねぇ。流通が狭く浅いから、どうしても高くつく。使うのは物好きか、金に余裕のある連中ぐらいだ」
シゲルは缶を指先で弾き、淡々と続ける。
「逆に量子エンジンは普及率が高ぇ。粒子は安定してるが高価だ。量子は当たり外れが多い分、当たりを引けば化ける。……まぁ、俺が選んだんだ。そこは心配すんな」
自信に満ちた言葉と同時に、シゲルの声には確かな職人の自負が宿っていた。
そのとき、コックピットから戻ってきたアヤコが声を上げる。
「みんな、もう少し下がって。……エルデ、見える?」
『見えるっすよ。ところで質問っす! 自分の案では“頭部にコックピットを組み込む”って設定にしてたんすけど、これもそうなんっすか?』
「そうだよ。そこは変えなかった」
アヤコが答えた瞬間、エルデの顔がぱっと輝いた。
『マジっすか!? 自分が描いた組み合わせが、本当に採用されるなんて……なんか夢みたいっす!』
声は弾み、瞳はきらきらと光を宿す。胸の奥からあふれる興奮を抑えきれず、コックピットの中で思わずシートを叩いてしまう。
『やったっす……! 本当に自分のアイデアが残ってるなんて……!』
その素直な歓喜は、通信越しでも十分に伝わり、甲板にいたクロやシゲルの口元にも思わず笑みを浮かばせた。
アヤコは端末を取り出し、クロたちに見せながら解説を始める。
「四角い本体の一番下の面には、足パーツが収納されてる。その足にはタイヤが付いてるから――まずは“収納モード”から“収納移動モード”に切り替えてみて。頭で“変形”って思えば、端末が映像を投影して目線で選べるよ」
『……これっすかね?』
エルデが選択すると、機体全体がわずかに浮き上がり、下部から丸いパーツがせり出してきた。タイヤのような形状が次々に展開され、光を反射する。
「いち、にい、さん……六個か」
数えたクロの言葉に、シゲルが補足する。
「片足に三つずつ、両足で六個だ。これで簡単な移動ならできる。ちなみにボール型のタイヤだから、この状態でも全方向に自在に動ける」
『……すっげぇっす……!』
エルデの声は弾み、胸の鼓動がどんどん速くなる。興奮のあまりシートから腰を浮かせかけ、慌てて座り直す。その頬は紅潮し、子どものような笑顔が抑えきれずに広がっていた。
「じゃあ、これが陸上モードなのですか?」
クロの肩に乗るクレアが、小首をかしげて尋ねる。
だがシゲルは即座に首を横に振った。
「違う。これはあくまで“収納時の補助移動”だ。こんなもんで地上を本格的に走るのは無理だな。倉庫やドッグで扱いやすいようにしただけだ」