受け継がれる意志
クロはしばらくモニターに映る一覧を眺め続けていたが、やがてテーブルにちょこんと座っていたクレアを抱き上げると、静かに立ち上がった。
「クロ? どうしたの」
アヤコが首をかしげ、不思議そうに問いかける。
クロは何事もなかったかのように、柔らかい声で答えた。
「いえ、これはエルデの機体になります。これ以上は私から口を出すことではありません。……エルデ、貴方が話を進めてください」
その言葉に、エルデは目を丸くしてクロにすがりつく。
「クロねぇ! 一緒に考えてほしいっす!」
声は切実で、どこか子どもが親に頼るような響きがあった。
しかし、そのやり取りを遮ったのはシゲルだった。
「待て、エルデ」
低い声に場が引き締まる。シゲルはじっとエルデを見据えた。
「お前が考えろ。命を預けるものだ。納得できるのは、自分で選んだものだけだ。今回の機動兵器については、確かにクロが金を出してる。だが、それでまた甘えようってのか?」
鋭い問いに、エルデは「うっ」と詰まり、唇を噛む。視線が揺れ、まだ未熟な心が迷いに囚われているのが誰の目にも明らかだった。
シゲルはそんなエルデを見やり、口元ににやりと笑みを浮かべた。
「安心しろ。一緒に考えるのは俺とアヤコだ。……さあ、今夜は長くなりそうだな」
その声音には厳しさだけでなく、どこか楽しげな響きが混じっていた。エルデはまだ戸惑いを残しつつも、小さく頷く。クロは腕の中のクレアをそっと撫で、何も言わず二階の自室へと上がっていった。階段の先に消える背を見送り、エルデは胸の奥に小さな寂しさを覚えた。
残されたエルデは、わずかに寂しげな顔を浮かべる。だがすぐに首を振り、気合を入れようと両手で自分の頬を叩いた。
「……いってぇっす……」
「締まらねぇな」
シゲルが声を上げて笑い、豪快にビールをあおる。その姿に場の空気が少し和らいだ。
アヤコもつられて笑みを浮かべたが、すぐに真剣な表情へと切り替える。クロの要望を頭の中で整理し、エルデに向けてわかりやすく説明を始めた。
「一応、クロからの要望を改めて確認するね。変形は四つ。箱型、飛行型、陸上型、人型」
指を折るたびに、エルデの目が丸くなり、シゲルは「欲張りだな」とぼそりと笑う。
アヤコは肩をすくめながら、さらに続けた。
「すべてを宇宙と重力下で運用できるように、って条件付き」
さらに指を折り、淡々と続ける。
「それから、人型は浮遊機能をつけたいっていう要望もあったし、最後に……大気圏突入」
指を折り終え、アヤコは小さく肩をすくめた。
「……うん、こうやって改めて並べると、正直わけが分からないよね」
彼女は苦笑を浮かべながらも、どこか誇らしげでもあった。クロの要望は常識外れに思える一方で、それを形にしようとする試み自体が面白くて仕方がない――そんな気配がにじんでいた。
エルデはアヤコの説明を食い入るように聞きながら、胸の鼓動が早くなるのを感じていた。自分のために、クロが、アヤコが、シゲルが真剣に考えてくれている。その事実が、嬉しくて仕方がない。
アヤコはそんなエルデをまっすぐ見て、静かに問いかけた。
「クロは移動用にしたいって言ってたけど……エルデの要望は?」
不意に投げかけられた質問に、エルデは慌てて両手を胸の前で組み、必死に考え込む。
(えーっと……他に欲しいのは武器っすか? それとも防御系っすか? いやでも……どうせならもっと……夢のあるやつ……!)
眉間に皺を寄せ、うんうんと唸りながらも、やがて顔を上げたときには、晴れやかな笑みが浮かんでいた。
「なら――大気圏突破っすね!」
一瞬、場の空気が止まる。シゲルとアヤコは同時に目を瞬かせ、互いの顔を見合わせた。クロがいればきっと額に手を当てていたに違いない。
シゲルはゆっくりと缶を持ち上げ、ビールを一口含んでから、どっかりと背もたれに体を預けた。そして低い声で一言。
「無理だ。大気圏に突っ込むのはできる。だが――地上から宇宙へ上がる推進力なんざ、この機体には確保できねぇ」
その声は突き放すというより、現実を冷静に突きつける重みがあった。
エルデは「えっ」と口を半開きにして固まる。だがその表情には悔しさよりも、子どものような無邪気さが残っていた。
アヤコはそんなエルデの肩に軽く手を置き、苦笑を浮かべる。
「……うん、気持ちはわかるけどね。ロマンってやつだ」
場の空気は張り詰めつつも、どこか温かさを帯びていた。