選択の代償
そう考えているうちに、ウルフを外したエルデがよろよろとクロの元に歩み寄ってきた。額には、汗を拭こうとしてぶつけた赤みが残っている。それでも、口元は満面の笑みだった。
「面白かったっす! ただ、自分の体力のなさにはちょっとがっかりしたっすけど」
息を弾ませながらも明るい声。クロはその素直さに頷き、問いを投げかける。
「エルデ。実際に使ってみて、どう感じました?」
問いかけに、エルデは一瞬だけ顎に手をやり、言葉を選ぶように考え込んだ。
「重さは全然気にならないっすね。撃つときはトリガーが振動して、抑えるのに少し苦労したっす。それから……狙いを付けるのは楽だったっすよ。大雑把でも左右に四門のガトリングがあるから、ばら撒いてれば一発は当たるっすからね」
言葉を切り、にっと笑みを広げる。
「それと――音がすごいっすね。撃ってるだけで体中が震えて、二の腕やら太ももに……おっぱいがブルブルしたっす」
「エルデ……もう少し慎みを」
クロは頬をわずかに赤らめ、声を落として注意する。
「あっ……す、すいませんっす!」
慌てて両手を振るエルデ。その迂闊さが逆に場の空気を和ませるが、同時に微妙な気まずさも漂った。
スミスはわざとらしく咳払いをひとつし、話題を切り替えるように片手でウルフの内側を示す。
「見て分かると思うが、下にもトリガーがある。これを引き出せばビームシールドが展開される。それから、縦に配置されたトリガーを横に倒せばビームランスに切り替わる」
実際に操作を見せるスミスに、エルデが首をかしげる。
「なんで今展開しないんっすか?」
問いにはウェンが即座に答える。
「セーフティがあるからだよ。暴発しないよう拘束状態にならないと展開しないんだ。それに今はバッテリーも切れてるしね」
「そういうことだ」
スミスは操作を元に戻すと、空気を落ち着かせるように一息つき、クロへと視線を向けた。
「で、買うか?」
クロは手を口元に添え、少し思案しながら答える。
「まだ懸念点があります」
「ほう……」
スミスのサングラスが怪しく光り、声音には“気づいてくれたか”という喜色が混じる。
「同時には使えない、ということですか? ビームシールドを展開しながら撃ち続ける――それは不可能だと」
クロの指摘に、スミスは愉快そうに口角を上げた。
「やっぱり気づくよな。その通りだ。ガトリング状態のときはシールドは実体装甲のみだ。ただし、ビームシールドのサイズはガトリング展開部もカバーできるようになっている」
クロの視線が鋭さを増す。スミスの声音に楽しげな色が混じるほど、自然と警戒心は強まっていった。その警戒を見抜いたのか、スミスは口元に笑みを刻みながら言葉を継ぐ。
「構えるな。心配することはない。それを解決するのが――思考制御装置だ。つまり、別売りのパーツを買えば、すべての能力が解放される。思考制御装置さえあれば、同時展開も可能になる」
「……それは、卑怯ですね。戦場で命を懸ける者に、真価を隠したままの兵器を売る――あまりに不誠実です」
クロの声は低く、冷えた刃のような響きを帯びていた。
だがスミスは肩を揺らし、あっさりと受け流す。
「企業なんてそんなもんだ。オプションで化けるように設計する。ウルフも同じさ――追加装備を買わせて、真の姿を見せるまでが商売だ」
「カタログはこちらだよ」
ウェンが満面の笑みを浮かべ、端末を操作する。試射室の中央にホログラムがふわりと展開され、鮮やかな光が壁面を照らした。
そこには「思考制御装置」を筆頭に、二丁のウルフを専用アタッチメントで連結し片手で装着可能にするユニット、さらにシールドを換装して鋭いビームスパイクを“狼の爪”へと変貌させるオプションまで並んでいる。映像の縁には金色の装飾枠が走り、オプション一つ一つが宝飾品のように輝いていた。誇張された演出は実用兵器というより、富裕層向けの嗜好品を誇示する広告に近かった。
ウェンは片目をつむり、営業スマイルを浮かべながら言葉を畳みかける。
「さあ、お客様。いかがなさいます?」
声音は冗談めいていたが、その熱は本物の販売員。試射室に漂う商談めいた空気に、クロは小さく息を吐く。商売の笑顔と戦場の現実――その落差に、胸の奥で苛立ちが燻った。
クロは唇に手を添え、険しい眼差しでカタログを見据える。横でクレアは不安げに耳を揺らし、エルデは子どものように瞳を輝かせていた。冷静な警戒と無邪気な憧れ――二つの視線が交錯し、空気に妙な緊張感が走った。
――どうするべきか。仲間たちの反応を確かめつつ、クロは胸の奥で静かに答えを探っていた。