静かなる問いと暴力の輪郭
試射室の空気は、まだ耳の奥に残る重低音の余韻で震えていた。クロは胸の内でそう思いながら、静かに目を細める。
やがてスミスが腕を組み、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。
「理由は明確にある。まず一つは、クロの言った通り――宇宙じゃ使えない。それともう一つは、単純にうるさいんだ」
肩をすくめたスミスの声音には、皮肉めいた響きが混じっていた。その横でウェンが苦笑し、髪をかき上げながら補足する。
「音がすごかったでしょ。ビームガンなら発射音なんてほとんどないし、実弾でも今はサプレッサー技術が進んでるから、耳に残るような音はほとんどしない。私はね、あの“鳴り”がある方が好きなんだけど」
ウェンの目は、遠い記憶を思い返すようにかすかに輝いていた。
「一応、ハンドガンタイプもあったんだよ。ただ、あれは吸引機構のせいで撃つまでに間が空いちゃうの。スムーズさに欠けるのよね」
その説明にクロは小さく頷き、再び目の前の“ウルフ”へ視線を戻す。白と紺の装甲板が光を受け、まるで野獣の牙のように陰影を刻んでいた。
「……では、なぜこのウルフだけが撃ち続けられるんです?」
声には探るような硬さがあった。
スミスは口角をわずかに吊り上げ、面白がるように顎をしゃくった。
「ガトリングってのは砲身が回転するだろ。その回転をな、吸引機構にそのまま利用してる。砲身が回り続ける限り、空気を絶えず吸い込み続ける。だからこそ、あの咆哮は止まらない」
スミスの説明は、静まり返った空間に深く沈み込んだ。クロは無意識に息を呑む。耳に残る轟きが蘇り、胸の奥を揺さぶる。あの音はただの“副産物”ではない。構造そのものが生み出す必然――まさしく武器の心臓が奏でる鼓動だった。
「なるほど……。でも、普及してない理由は、ほかにもあるんですよね?」
クロの問いは冷静でありながら、どこか挑むような響きを帯びていた。
スミスは肩をすくめ、皮肉めいた笑みを浮かべる。
「ああ。単純に制作コストが悪い。それに、バッテリーカートリッジや弾が売れないからな。銃火器メーカーとしては、カートリッジや弾で稼げない商売は旨味がねぇ」
その現実的すぎる答えに、クロは思わず吹き出してしまった。
(なるほど、なるほど……。実に企業らしい理由だ)
胸の内で苦笑を浮かべつつも、商業の理屈にどこか納得してしまう。
そのやり取りを聞いていたクレアが、首をかしげながら口を開いた。
「でも、このウルフにもバッテリーや粒子を補充すれば良いでしょうになぜ?」
小さな声ながらも真剣そのもの。その問いに、スミスは軽く顎を引き、簡潔に答える。
「バッテリーはな、もう内部に組み込み式で、ほとんど劣化しない設計だ。もし劣化したとしても、そこらで売ってる市販バッテリーで十分代用可能なんだよ。ビームガンみたいに専用カートリッジじゃなくてもな。粒子に関しては――クロたちなら、まったく問題ない」
「なぜです?」
クレアが首をかしげ、不思議そうに目を瞬かせる。
ウェンはその仕草に笑みを浮かべ、クロの肩に乗るクレアをそっと撫でながら答えた。
「ほら、ランドセルやクーユータに搭載してるでしょ。微量子エンジン――MQE。そこから量子を補充すればいい」
「……互換性がある、ということですね」
「うん。むしろ量子の方が消費量が下がり最大射撃時間が長持ちするよ」
ウェンの声は柔らかかったが、その言葉の裏に宿る安心感は大きかった。クロは深く頷き、ふとエルデへと視線を移す。エルデは額の汗を拭おうとして、装着したウルフに動きを阻まれ、うっかり額に当てて小さく息を呑む。動きはぎこちないが、腕に据え付けられたウルフはなお存在を誇示している。
咆哮の必然性や普及しない事情、補充の仕組み――それらが一本の線で結ばれ、武器としての輪郭が立体的に浮かび上がっていく。ただの兵器ではない。存在そのものが“圧”を放つ塊。その重みが胸の内を再び震わせた。
「他には、ないです?」
問いかけるクロに、ウェンは肩を揺らして笑みを見せる。
「そうだね。持ち運びが不便だし、取り付けにもちょっと手間がかかる。……それと、エルデの体力不足かな」
視線を横にずらすと、案の定エルデは困り果てていた。ウルフを外そうと腕を振り回すが、仕組みが分からず空回り。額には疲労の色が濃く、息も荒い。
スミスはため息をひとつつき、彼女の腕を押さえ込んで実務的に教える。
「まずシールドモードに切り替えろ。……よし。で、肘のあたりにスライドスイッチがあるだろ。そこをスライドさせて五秒待つ。そうすりゃ固定具が自動でスライドして外れる。落とさねぇように、反対の手でしっかり支えとけ」
指示は簡潔だったが、経験の重みがにじむ声音だった。クロはその様子をじっと見つめ、心の奥で小さく笑う。
(なかなか面白い。……買う一択かな)