浮かび上がる代償
スミスは端末越しにクロの反応を伺い、愉快そうに口元を緩めた。
「最大火力で撃たせた。今回はクレアへのパフォーマンスも兼ねてな。とはいえ、バッテリーと粒子を満タンにはしてねぇから、そろそろ限界だ」
その宣言とほぼ同時に、響き渡っていた“ウルフ”の咆哮がゆっくりと衰え始める。滑らかに回転していた砲身の動きが徐々に減速し、やがて静かに止まった。
試射室を満たしていた標的ホログラムの大半は、すでに撃ち抜かれ、霧散している。空間制圧という意味では、これ以上ないほどの結果だった。
そしてその“破壊の中心”に立っていたエルデは、肩を大きく上下させながらも、なお熱のこもった声を漏らす。
「これ……たまらないっす! 全身に響くこの衝撃、それに、目の前で次々に崩れていくターゲット……なんか、心がゾワってするっす!」
そのまま弾んだ足取りでクロたちのもとへ戻ってくる。額には玉のような汗、腕には若干の疲労の色が浮かんでいたが――顔だけは満面の笑みで輝いていた。
クロはその表情を見て、思わず小さく息をつく。
「楽しく撃てたのは良かったですが……これは、しっかり鍛えないと長時間の使用には耐えられそうにありませんね」
言葉は柔らかだが、評価は的確だった。そして、その隣でふいに声を上げたのはクレアだった。
「当然です! 狼なら疲れません! ……あんなので、へとへとになってるようじゃダメです!」
ぷいっと顔をそらすが、耳の先がわずかに赤くなっていた。その様子に、クロは内心で「悔しいんですね」と笑みを漏らす。
スミスはそんなクレアの態度に苦笑しつつ、今度はエルデに視線を向ける。
「で、どうだった? 初撃ちの感想を聞かせてくれ」
問いかけに、エルデは即座に全力でうなずいた。その勢いで、汗の粒がほとばしる。
「楽しいっす! めっちゃ楽しかったっす!」
その返答は、ただの満足や高揚とは違っていた。心の底から湧き上がってくるような純粋な喜び。それは、初めて“自分にぴったりと合った武器”に出会った者の、まっすぐな歓声だった。
スミスはその様子を見届けると、静かに頷いてから、クロへと向き直る。
「……さて。俺なりに“エルデに最も合う”と思って選んだ武器だが――どうする? 買うか?」
その問いに、クロは軽く息を吐きながら、口元に微笑を浮かべる。
「……その前に、価格をお伺いしましょうか」
すると、すぐ隣で待ち構えていたウェンが、にっこりと“営業用の笑顔”を浮かべる。
「そうだねぇ……うん、特別価格でまけて――1,200万C。どう?」
高額とも言える提示。だが、クロは驚いた様子も見せず、静かに頷く。
「分かりました――」
一拍置いて、今度は表情を緩めず、まっすぐに言葉を続けた。
「――ただし、その前にいくつか確認させてください」
ウェンの眉がぴくりと動く。ほんのわずかな“警戒の兆し”が走るのを、クロは見逃さなかった。
「え? 買わないの?」
思わず漏れたウェンの問いに、クロは穏やかな口調で返す。
「いえ、買うかどうかを判断する前に――聞いておきたいことがあるんです。たとえば……」
そのまま言葉を切らず、クロは一歩踏み込むように問いかけた。
「この“ウルフ”、宇宙空間では使えませんよね?」
その瞬間、ウェンの肩がわずかに跳ねた。無意識の動き――“図星”を突かれた反応だった。
隣に立つスミスもまた、微妙な表情を浮かべつつ、どこかバツが悪そうにサングラスの位置を整える仕草を見せる。
クロはその様子を見つめながら、さらに続ける。
「それに、“無限に撃てる”わけでもありません。バッテリーが切れれば沈黙するし、粒子も消耗品。――その粒子は、どこで手に入るんですか? 補充式? 汎用品? 専用設計ですか?」
立て続けに投げかけられる問いに、ウェンもスミスも口を閉ざす。明確な否定も肯定もしないその沈黙が、かえって答えを語っていた。
「あと……空気弾の威力には納得しています。さっきの衝撃は、実戦でも十分通用するものだった」
クロは一度、射撃の終わったターゲットホログラムの残骸――いや、“残骸すら残らなかった空間”に目を向ける。
「けれど、逆に気になります。――なぜ、これほどの武器が“広まっていない”のか」
その目が再び、ウェンとスミスに向けられる。追及というよりも、冷静な確認。それでも、鋭さは一切緩められていなかった。
「今挙げたような運用上の制限以外にも、何か――“大きなデメリット”があるんじゃないですか?」
空気が一瞬、ぴたりと止まる。
クロの言葉は穏やかでありながら、相手の腹の底を探るような静かな圧力を含んでいた。その“沈黙に押される”ように、ウェンとスミスがどちらともなく目線を交わす。
――そこにあるのは、情報の切り札か。あるいは、売り手が隠しておきたかった“現実”か。