表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
惑星に巣くうもの
401/478

見えざる暴力

 クロは静かに――けれど、確かな期待を込めてその瞬間を心待ちにしていた。


「……さて。ここまで説明しても、クレアは納得していないでしょうね」


 肩の上でむっつりと黙りこくるクレアに、クロがやや困ったような微笑を向ける。すると、クレアはぴくりと反応し、やや気まずそうに目を逸らした。


「当然です。ただ……商人としての構え方、今のお父さんにちょっと似てたので、そこは認めます」


「お父さん……?」


 首を傾げたスミスが問い返すと、クロがやや口調をやわらげて説明を始める。


「今は豆柴サイズの“狼”ですが、クレアはいずれ――人間の姿をとれるようになります。そのとき、私の養父であるシゲルさんに、正式に養子縁組をお願いするつもりです――まあ、それは後の話です。今は、“威力”を見せてほしいですね」


 そのひと言に、スミスはやれやれと肩をすくめ、頭を振る。


「まったく……。さっきの話がなければ、シゲルさんが誰かを養子に取るなんて、隕石が降るような衝撃だったな」


 冗談まじりの返しのあと、スミスは端末を操作しながら、声を張った。


「エルデ、今から試射室全域にターゲットを展開する。好きにぶっ放せ」


「はいっす! やっと撃てるっすねっ!」


 嬉々とした表情でエルデが声を弾ませ、右腕に装備した“ウルフ”のトリガーを引き出す。軽い展開音とともに、五連装の砲身がスライドし、外装の中から姿を現す。


 その様子に、クロはふと、転生前の記憶を重ね合わせた。


(……いたな。ああいう感じの、重火力ロボット……たしか、ヘビーなんとか……。顔の半分にピエロみたいなマスク付けてたっけ)


 そんな淡い記憶に笑いかけたそのとき、スミスが次の指示を端末に打ち込む。


 ――直後、試射室の壁面と天井、床にかけて、無数のターゲットホログラムが浮かび上がった。人型、獣型、飛翔体――それぞれに異なるサイズと挙動を持つ“模擬標的”たちが、立体的に空間を満たしていく。


「それと、背後に衝撃測定用の膜も展開しとく。クレアの疑問に、データで答えてやるよ」


 スミスが小さく呟きながら端末を操作すると、室内の壁際に薄い半透明のフィールドが現れる。わずかに光を揺らすそれは、衝撃を測定・可視化するための“判定膜”だ。


 部屋全体に、いつしか張り詰めた緊張が満ち始める。動き出す直前の静寂――嵐の前の静けさだった。


 スミスはその空気を切り裂くように、エルデへと静かに告げる。


「狙いの付け方は単純だ。“腕の先すべて”が射線になる。照準なんかいらねぇ。目標の塊をざっくり意識して、一気に薙ぎ払え」


 エルデの表情が引き締まり、その瞳に強い意志の光が宿る。


「了解っす。……ウルフ、吠えるっすよ」


 静かに、しかし確かな動きで彼女はトリガーを押し込んだ。


 直後、“ウルフ”の砲身が滑らかに回転を始める。内部の圧縮ユニットが空気を取り込み、高密度に圧縮された弾丸に変換されていく。


 回転の遠心力と同時に、砲口から放たれたのは、肉眼では捉えきれないほど高速の空気塊。粒子状のプラズマで包まれたそれは、標的に接触した瞬間、目に見えぬ圧力波として爆発的に拡散し、ホログラムの標的を次々と粉砕していく。


 ――空間が、震えた。撃ち抜かれたターゲットは破片すら残さず、霧のように霧散していく。それが、エルデがトリガーを握り続けているあいだ、絶え間なく続いた。


「なるほど……確かに、聴覚には“遠吠え”のように聞こえるかもしれませんね。クレア、箱の遠吠えみたいには聞こえますか?」


 クロが冗談めかして肩越しに問いかけると、クレアはむっとした顔で返す。


「……っ、下品です! あんなの、言葉にすらなってませんっ!」


 憤慨しつつも、その視線はしっかりと“撃ち抜かれていく標的”に向いていた。言葉を重ねることなく、ただじっと――真剣に、見つめている。


 クロはその様子を横目で見ながら、心の中で小さく嘆息する。


(……本当に、頑固ですね)


 けれど、クレアの意地を笑うよりも先に、クロの思考は“ウルフ”の性能へと引き寄せられていった。


「これは……相手にとっては恐怖でしょうね。弾は見えないに等しく、しかも装填の必要すらない。――ひたすら、高圧の空気が襲ってくる」


 その感想に、スミスがにやりと笑いながら補足する。


「それだけじゃねぇ。クロ、この衝撃データを見てみろ」


 促されて端末に視線を落としたクロの目が、わずかに見開かれる。


「……衝撃が、約一トン?」


 数値が示すのは、“高圧縮空気弾”が生み出した純粋な衝撃エネルギー。音もなく放たれた見えざる弾丸が、一トン相当の打撃を標的に叩き込んでいたのだ。


 敵にとっては不可視の暴力。迎撃も回避も困難で、気づいた時には既に吹き飛ばされている――そんな圧倒的な暴威が、ここにあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ