狼の魂と装着の条件
息巻くクレアに、ようやくクロが動いた。
肩の上で前足をばたつかせるクレアを、やや困ったように撫でながら、静かに言葉を差し挟む。
「クレア。私が聞いていたのは、そういう意味ではありません……。ほかに意見は?」
クレアは一瞬きょとんとしたが、すぐにぷくっと頬を膨らませ、勢いよく答える。
「ありますっ! 空気ですよ!? そんなもので、獲物が倒せますかっ!」
ふんっとそっぽを向くその姿に、ようやくスミスとウェンが“再起動”したように顔を見合わせ、同時に肩を揺らす。
「……どうやらクレアは、空気の怖さを知らねぇみたいだな」
「うん、父さん。あれは見なきゃ分かんないやつだよ。聞いただけじゃ、ただの冗談にしか思えないし」
二人の言葉に、クレアは更にムッとした顔になる。
「空気ですよ!? 目に見えない、匂いもしない、手応えもない……そんなの、狼の武器とは思えませんっ!」
その叫びに、スミスは無言のまま、フロート台車に載せられた“もう一丁”のウルフを手に取る。そして、重々しくエルデにそれを差し出す。
「――なら、見ておけ」
その口調は静かだったが、どこか挑戦するような温度を孕んでいた。
「まずはシールドモードからだ。いいか、取り付けはこうだ。――左腕を体から少し離し、掌を上に向ける。そのまま、下から“ウルフ”を当てろ。軽量だからこそできる装着方法だ」
エルデは頷き、言われたとおり左腕をやや浮かせ、下から“ウルフ”を添える。
カシュッ。柔らかな駆動音とともに、保持アームがせり出し、ウルフがぴたりと腕に吸い付くように装着される。
「ホントっすね。軽いから簡単っすよこれ」
エルデの声には、驚きと嬉しさが混ざっていた。
「だろ。じゃあ次に、トリガーを引き出せ。――砲身が展開されると同時に、自動でロックされる」
エルデは右腕の“ウルフ”で支えながら、左手に装着された方のトリガーを指先で引き上げた。
直後、シールドの内側に格納されていた五連装ガトリングの砲身がスムーズに展開。回転とともに、機構部が音もなく展開され、固定アームがエルデの腕へとしっかり噛み合う。
金属が滑り合う音が微かに響き、空気の中に緊張が走る。さっきまでの戯れが、ほんの少しだけ遠くなるような、そんな気配。
クロが静かに息を呑んだ。クレアもまた、思わず言葉を止めていた。
そこにあったのは、ただの玩具ではない。――“実用性を備えた異形の兵装”だった。
スミスが低く告げる。
「……これで装着完了だ。――これが、“ウルフ”の正式な取り付け方だ」
その言葉に、一瞬の静寂が落ちる。
だが――それを破ったのは、クレアだった。
肩の上で鼻を鳴らし、ふんっと顔を背けながら、冷たく言い放つ。
「へぇ。ご立派ですね。……でも、それが“狼の腕”だなんて、私は認めません」
小さく翼を広げるように前足を振り、さらに続ける。
「そもそも、装着に時間がかかりすぎです! いざという時に咄嗟に使えなければ、命取りになります。それに――そんなに嵩張るもの、持ち歩けませんっ!」
言葉には、確かな感情が乗っていた。けれど、それはただの否定ではなかった。
――それは、実践を想定した者の、まっすぐな指摘だった。
静かに、スミスが口を開く。
「……その意見は、もっともだ」
声は低く、穏やかだった。だが、言葉の端々には、真摯な重みがあった。
「確かに、この取り付けには時間がかかる。緊急時に“咄嗟に引き抜いて撃つ”ような構造じゃねぇ。ウルフの想定用途は、突発的な戦闘じゃない。……暴徒鎮圧や、局所的な単体殲滅戦――つまり、“あらかじめ展開しておく”ことを前提にした兵装だ」
そして、スミスはゆっくりとクロの肩に乗るクレアへと視線を向ける。
「だからこそ、こいつは持ち歩くような代物じゃねぇ。必要な場面で、必要な奴が、必要な手順で使う。……それが“セットアップ火器”ってやつだ」
そこでスミスは軽く顎をしゃくりながら、続ける。
「ただし、装備の手間を省く方法がないわけでもない」
その言葉に、クレアの瞳が鋭く光る。
「……聞かせてもらいましょう。その手段を」
その小さな挑発に、スミスはふっと笑みを浮かべ、親指と人差し指で輪を作って見せた。
「簡単な話だ。“金”だよ、金」
言い切った口調に、クレアがむっと目を細める。
「別売りの思考制御装置がある。それを使えば、取り付けはもっとスムーズになる。思考で“腕に装着”ってイメージすれば、それだけで固定完了だ」
そこまで聞いていたクロが、ため息を吐くように呟く。
「……つまり、追加装備を買えということですね」
すると、すかさず隣のウェンが補足するように言葉を挟んだ。
「そういうこと~。ちなみに収納にも便利な専用ボックスもあるよ? 思考装置と連携させれば、そのまま展開から装着まで一気にできる優れモノ」
そう言って、ウェンも指で“輪”を作ってみせる。
クロは思わず吹き出しそうになりながら、肩の上のクレアに目線をやる。
――そして、確信した。
(この二人も、根っこはシゲルやアヤコと同じ“商人”だな)
そう思うと同時に、ふつりと心の奥が熱を帯びる。
未だ見ぬ“ウルフ”の真の性能――
それがいったいどこまでの“暴力”を秘めているのか。クロは静かに、けれど確かな期待を込めて、その瞬間を心待ちにしていた。