空気砲の正体
「空気? ……それって、攻撃力あるんですか?」
クロの素朴な問いかけに、スミスは答える代わりに無言で手に持っていた“ウルフ”を、そのままエルデの前に突き出す。
「――見てろ」
言葉少なにそう言うと、スミスは手短に指示を出した。
「エルデ、持ち方を教える。砲身の上下に挟まれた中央のトリガーユニットを握れ。腕はそのくぼみに沿わせて、ぴったり合わせるようにしてみろ」
「はいっす!」
エルデは頷き、言われた通りに中央のグリップを右手で握る。同時に、腕を砲身中央の空間へと沿わせるように差し入れると――
カシュッという軽い音と共に、内部機構が起動する。左右の保持アームがせり出し、自動的にエルデの右腕に沿って装着・固定された。
「おおっ! すごいっす、これ! めっちゃ軽いっすよ!?」
驚いたように笑いながら、エルデはそのまま右腕をぶんぶんと振ってみせる。だが、どれだけ動かしてもガトリングは微動だにせず、固定されたまま腕と一体化していた。
その様子を見届けたスミスは、淡々と続ける。
「見ての通り、片腕にフィットする構造だ。トリガーから手を離しても落ちることはねぇ。脱着にはちゃんと解除動作が必要だ」
そして指をさしながら、補足する。
「使わないときは、手の甲でトリガーを外側へ押し込め。内側に格納される。再展開は、指で軽く引き起こせばいい。――感覚的には、“引き金付きの盾”を構えてる感覚だな」
エルデは試すように、トリガーを外側へ向けて手の甲で軽く押してみた。
すると――カシュン、という低い駆動音とともに、中央のトリガーが沈み込む。同時に、上下に束ねられていた五連装のガトリング砲身が、滑らかに折りたたまれるように内側へと回転し……
それらすべてが、シールドユニットの内側にぴたりと格納された。
「……すごいっす! 砲身が折れて、盾の中にしまわれたっすよ!?」
エルデが目を輝かせて叫ぶ。
スミスは頷きながら、無骨な声で補足を続けた。
「それが“こいつのロマン”の一端――シールドモードだ」
スミスはもう一丁の“ウルフ”を台車から引き上げ、手元でシールド部分を示す。そこには、中央に紅く輝くビームスパイクが、鋭い牙のように突き出していた。
「トリガーを格納すると、砲身は自動的に折りたたまれ、すべてシールド内部に収まる。この状態なら、装備したまま手が自由になるし、他の武器も併用できる」
そう言って、スミスは指先でビームスパイクを軽く叩く。
「そして、こいつがもう一つの特徴だ。このシールド部分は――“実体装甲”と“ビームバリア”の二重構造。防御性能は言うまでもないが、このビームスパイクにエネルギーを集中させれば、刺突用のビームランスとして使える」
シールドで守り、スパイクで貫く――攻防一体の機能美。
「つまりこれは、“銃と盾”を合わせた武器じゃない。“狼の腕”そのものだ。砲身は爪で、スパイクは牙。そして何より……その動きが、お前の感覚に合えば、それでいい」
スミスの視線が、まっすぐエルデを捉える。
彼女は、改めてシールドモードとなった“ウルフ”をじっと見つめ直した。折りたたまれた砲身と、その奥に隠れる複雑なメカニカル構造。そして――腕に吸い付くように馴染むフィット感。
(……これ、面白いっす。しっくりくるっすね)
エルデは無意識に、胸の奥にふつりと灯る熱を感じていた。それは、ただの興味じゃない。“初めての感覚”に近い何かだった。
その様子を眺めていたスミスが、ふいに声をかける。
「――さて。ここまでくれば、なぜ“もう一丁”が必要なのか、わかったか?」
その問いは、視線の先にいたクロに向けられていた。クロは少しだけ考える素振りを見せてから、静かに答える。
「片腕だけでは、“狼”としての力は不完全……ということですか?」
そう返してから、ふと肩に乗るクレアへと視線を送る。
「クレアは、“狼”の視点からどう思います?」
軽い調子での問いかけ。だが、返ってきたのは思いもよらぬ厳しい反応だった。
「却下ですっ!」
ピン、と背筋を伸ばしながら、クレアは即座に反論する。瞳に宿る光には、明確な“こだわり”の色があった。
「狼の名を冠するからには、爪も牙も“誇り”がなきゃいけません! これは確かにすごい兵装ですけど――どこに“狼の魂”があるんですか!?」
小さな前足をバタバタと振りながら、感情を込めて抗議する。
「私は認めません! 命名者に再考を要求します! 名称変更、申請します!!」
その叫びは――あまりに真剣すぎて、誰もすぐには返せなかった。