楽しい武器
まるで体温が下がるかのように、背筋が少しだけ縮こまる。
スミスはそんな彼女に背を向け、代わりにウェンへと視線を送る。
「ウェン。“ロマンシリーズ”から“ウルフ”を持ってこい」
何気ない口調のその指示に、ウェンの動きがぴたりと止まる。表情が、あからさまに固まった。
「……えっ、本気!? “ウルフ”って、あれよ? あの、全力で“バカみたいな武器”じゃん!? 本気で言ってるの?」
目を見開きながら身を乗り出すウェンの反応は、もはやツッコミというより確認の叫びだった。だが、スミスは変わらぬトーンで短く答える。
「本気だ。俺の見立てでは――あれが一番、エルデには合う」
「……ほんとかな~」
半信半疑の声を残しながらも、ウェンはしぶしぶと試射室を出ていった。
その背中を見送りながら、エルデはまだスナイパービームガンを手に、どこか気落ちした様子で立ち尽くしていた。
ふと、スミスが声をかける。
「――エルデ。撃ってみて、楽しかったか?」
唐突な問いかけに、エルデは一瞬目を見開き、それからゆっくりと首を横に振った。
「……楽しくは、なかったっすね」
スミスは腕を組んだまま、ゆっくりと視線をエルデへ戻した。そして、ひと呼吸置いてから、口を開く。
「そうか……。じゃあ、俺の持論を聞け。――他のやつが聞いたら眉をひそめるかもしれんが、俺はこう思ってる」
口調はあくまで穏やかだ。だが、その奥には、技術者としての確固たる信念がにじんでいた。
「……“不謹慎”だって思われても構わん。いや、実際そうなんだろうな。武器に楽しさを求めるなんて、間違ってるって言われたこともある」
そこで言葉を切る。だがその口調には、恥じるでもなく、開き直るでもなく、どこか確かな“確信”があった。
「だけどな――俺は、それでも思うんだ。武器ってのは、使ってて楽しくなきゃ意味がねぇ」
静かに、だが一つ一つの言葉を選ぶように、スミスは語る。
「もちろん、“楽しい”ってのは、ゲラゲラ笑えるって意味じゃない。引き金を引いたときの手応え。狙いを定めたときの集中。反動が肩に返ってくる感触……そういうすべてが、自分の身体に馴染んで、“これだ”って思える感覚だ」
「……」
「逆に言えば――どれだけ強かろうが、どれだけ便利だろうが、“つまらねぇ”って思いながら使う武器に、命は預けられねぇ。そんなもんは、どこかで判断が鈍る。どこかで手が遅れる。……そうやって死んでく奴を、俺は何人も見てきた」
その言葉は、ただの哲学ではない。生き残るために、戦い続けてきた者の、実感としての“答え”だった。
「人を殺す道具なんて、どれも似たようなもんだ。けど――“自分が選ぶ一丁”くらい、納得できるもんであってほしいだろ?」
その一言に、エルデは静かに頷いた。どこかまだ心の奥でくすぶるような迷いはあるものの、その眼差しには確かな理解と、前を向こうとする決意が宿っていた。
隣でそれを見ていたクロも、ふと頷く。
(――わかる。たしかに……あの時、あの感覚があった)
脳裏に浮かぶのは、自分が初めてスラロッドを振るったときのこと。あるいは、手にしたばかりのリボルバーで、狙いを定めた時の手応え。あれは――“使っていて楽しい”という、言葉にしづらい感覚だった。
それは単なる威力や機能ではない。自分の手に“馴染む”感触。心が、意思が、技術と繋がっていく実感。まるで、武器そのものが呼応してくれるような、そんな感覚――
クロは、そっと思い直す。
武器は、ただの道具じゃない。使い手の意志と命を繋ぐ、“感覚”であり、“信頼”であり――もしかしたら、それは本当に、“相棒”と呼ぶべき存在なのかもしれない。
そんな空気の中で、スミスが静かに言葉を継ぐ。
「――そこでだ」
サングラスの奥の目元は見えない。だが、その表情には、明らかな自信が滲んでいた。
「今から用意するやつは、たぶん――お前が初めて“楽しい”って思える一品になるだろう」
それは確信めいた言葉だった。技術者としての見立て。戦場を知る者としての勘。そして、武器と向き合ってきた者としての直感――
それらすべてが、“一丁の武器”に注がれようとしている。まるで、それが“運命の一丁”であるかのように。
その言葉に、エルデはそっと唇を結ぶ。
「――“楽しい”って思える武器」
その言葉の余韻を噛みしめるように、胸の奥に、小さな火が灯った気がした。