職人の矜持と、受け継がれる姿勢
ちょうどそのタイミングで、試射室の扉が音もなく開く。
入ってきたのはエルデとスミスだった。エルデはどこか誇らしげに、無骨なビームソードとビームガンを両手に抱えている。対してスミスは、丁寧に梱包された組み立て式のスナイパーキットを抱えており、ひと目でそれとわかる装備の重みをその肩に預けていた。
スミスはまず視線で室内をざっと見渡し――その端で、端末を叩きながらメモを取っているウェンの姿に目を留める。
「……ふむ。どうやら改善点は、いくつか見いだされたようだな」
その一言は、淡々とした口調ながらも、どこか満足げな響きを帯びていた。
「もちろん!」
ウェンは声を弾ませながら、クロから試作スラロッドを受け取り、そのまま駆け足でスミスのもとへと向かう。
「父さん見て! 今のプロトだけど、いろいろ調整効きそうなの。何か、改善点とか気づいたことあったら教えて!」
そう言ってスラロッドを差し出すウェンに、スミスはその姿をしばし見つめ――小さく首を振った。
「……俺に聞いても無駄だ。設計思想を持つ者にとって、最も信頼すべきは“使い手”の声だ」
「うっ……」
ウェンは少しむくれたように唇を尖らせたが、それでもその言葉に込められた意味を理解しているからこそ、反論はしなかった。確かに、設計図の理想も、構造の合理性も、現場で使えなければ意味がない。そう教えてきたのは、他でもない目の前の父だった。
「つまり……クロを信じろってこと?」
「ああ。自分の技術が“信じられている”ならば、尚更だろう」
そう言いながら、スミスは静かにクロへと視線を向けた。その瞳には、表立った感情はないものの、確かに何かを“認める”ような光が宿っている。
そんな空気の中、軽やかな足音を響かせて、エルデがクロのもとへ駆け寄ってくる。
「クロねぇ! クレアねぇ! 見てほしいっす!」
その手には、彼女が選んだビームソードとビームガンが携えられていた。
どちらも量産品ながら、戦闘現場での柔軟な対応を前提とした設計がなされている。特にビームガンは、拡張性に富んだ構造が特徴的だった。上下左右には整然とアタッチメント用のマウントレールが設けられ、スコープやサブグリップ、冷却ユニットなど多様なパーツを自在に追加できるようになっている。外装にも換装用のカバーラインが走っており、用途に応じて“戦術特化型”へと変化させることが可能な構造だ。
一方、ビームソードの方は比較的シンプルな造りだったが、刃の長さを微調整できる制御リングが取り付けられており、携帯性と取り回しを両立していた。
エルデはその二つを誇らしげに抱え、まるで宝物を見せびらかすように、クロとクレアの前にぴょんと飛び出す。
「クロねぇ! クレアねぇ! 見てほしいっす! これ、なんかおもちゃみたいにいろいろ付けられるっすよ! めっちゃ楽しいっすよね、こういうの!」
その無邪気すぎる言葉が放たれた瞬間――試射室の空気が、ぴたりと張り詰めた。
――数秒後。
エルデの背後に、肩幅の広い影がすうっと重なる。
「……おもちゃじゃねぇ」
低く、鋼のような重みを帯びた声が、背後から静かに落ちてきた。
ビクリと肩を跳ねさせたエルデが振り返ると、そこにはサングラス越しにじっと見据えるスミスの姿。怒鳴り声もなければ険しい表情もない。ただその無言の圧力が、空気ごと場を引き締めていた。その視線に、声に、怒鳴りも罵声もない。けれど――
そこに込められていたのは、確かな“職人”としての、矜持と厳しさだった。
「それは、“命を預けるための道具”だ。楽しいかどうかで語るな。……考えを改めろ」
その静かな一喝に、エルデの耳がぴんと立ち、額に一筋の汗が滲む。
「すっ、すいませんっす……!」
姿勢を正し、ぴしっと頭を下げるエルデ。その尻尾がわずかにしょんぼりと垂れているのが印象的だった。
そんな様子を、クロの肩にいたクレアが身を乗り出して見つめ、呆れたように声を上げた。
「エルデ、クロ様と同じように怒られてますよ。……前にも言われたでしょう、“少し考えて言葉を選びなさい”って!」
そう言いながら、クレアはぴこぴこと動くエルデの耳を見つめて小さくため息をつく。
「エルデ、クロ様と同じように怒られてますよ! ――さっきクロ様も、“私を撃ってください”なんて言い出して、ウェンさんに本気で叱られてたんです! だからこそ、あなたも少しは考えて言葉を選びなさい!」
「うぐっ……クロねぇも……!?」
エルデは視線を泳がせつつ、そっとビームソードの位置を引き気味に直した。恥ずかしさと悔しさと、どこか反省しきれない感情がごちゃまぜになって、エルデの耳が左右に忙しなく動く。きっと内心では、まだ少し“ワクワク”が残っているのだろう。
クロはそんなエルデの様子を見て、小さく息をつきながら微笑を浮かべた。
――怒られることは、悪いことではない。受け止めてくれる誰かがいて、正してくれる人がいる。だから、こうして迷いながらも前を向いていける。
そんな小さな安心が、いまのエルデには何よりの支えなのだと、クロは静かに感じていた。