スラロッドの改良と信頼のかたち
「え? そこまでやって、それだけ?」
ウェンが半ば呆れたように目を見開く。スラロッドの表面は傷一つなく、完璧な状態で残っていた。にもかかわらず、クロの口から出たのは、まさかの「七十点」。
「強度は申し分なし。ただ――」
「……ただ?」
問い返すウェンに、クロは無言でスラロッドを手に取り、ウェンのもとへと歩み寄った。
そして柄の根元に指を添え、淡々と改善点を挙げ始める。
「まず、先端。現状では完全に平面ですけど――ここは丸みを持たせてほしいです」
「丸く?」
ウェンは素早く端末を操作しながら聞き返す。
「見た目なら、尖らせた方がシュッとしてかっこよくない?」
「ダメです」
クロは即答した。
「それだと“刺さる”から、殺傷を前提とした武器になってしまいます。私が欲しいのは“止めるための道具”です。刺さらない方が、意図をコントロールしやすいんです」
そう言って、軽く構えを取りながら、模擬的に「突く」仕草を見せる。
だがそれを見たウェンは、苦笑いしながら首をすくめた。
「いやクロ、それでも十分貫通しそうだけど……?」
「……否定はしません」
クロは少しだけ頬を引きつらせながら小声で呟く。その言い回しに、ふっと二人の間に笑いが生まれる。
しかしクロはすぐに真顔に戻り、次の指摘へ移る。
「あと、筒の……柄でいいですかね。この柄の長さです。今のままだと、両手で握ったときに手が密着しすぎてしまって……正直、間合いが取りづらいです」
「え、でも握れるでしょ? この前確認したじゃない」
「はい、“握れる”ことは握れます。ただし余裕がない。拳がくっついてしまうと、操作に幅が出ないんです」
そう言ってクロは再び構えてみせ、ウェンに手の位置を指差して説明する。
「たとえば、重心移動のとき。間隔を開けて支えた方が、取り回しも細かい制御も楽になります。狭いと、反応の自由度が落ちるんです」
「なるほどね……確かに、それは納得」
「それに、柄を長くすることで、内部スペースにも余裕ができます。たとえば――カートリッジを増やすとか、機構を追加するとか」
そこでウェンの目がぱっと輝いた。
「いいねそれ! 機構って、何か具体的に考えてるの?」
「例えば……」
一拍の間を置いてから、クロはわずかに首をかしげ――小声で続けた。
「……思い浮かばないですね。とりあえず、カートリッジ増量でいいです」
「なにそれーっ!」
ウェンが思わず声を上げる。
「めっちゃ期待させといて、そのオチ! ひどくない?」
「思いつきませんでしたから仕方ないです。まあ、この方向でお願いします」
そう言って、クロはどこか他人事のようにさらりとまとめ、スラロッドを軽く持ち直した。だがその視線は、すでに次の改善点を捉えていた。
「それと――柄の処理、どうする予定です?」
唐突な問いかけに、ウェンは一瞬首を傾げる。
「予定ではそのまま塗装するつもりだけど? 錆止めコーティングして、その上から仕上げ用の塗料。たぶんマット調になると思う」
「ふむ……なるほど」
クロは柄を指でなぞるように撫でながら、ひと呼吸置いてから続ける。
「まず、ダイヤル式の設定操作についてですが……これはこれで便利なんです。視認性も良くて、片手で扱える構造も合理的」
と、そこまで言ってから、クロは柄の根本――操作パネルの周辺を指差した。
「……ただし、脆弱です。露出しすぎているので、接触や衝撃で簡単に破損するリスクがある。そのままだと、実戦での運用に不安が残ります」
ウェンはうなずきながら、素早く端末にメモを取り始める。
「なるほど。じゃあ何かカバーつけた方がいい?」
「そうですね。スライドカバー式か、もしくは格納機構つきのパネルでもいいと思います。無意識に触れにくくなることで、誤作動の防止にも繋がります」
「スライドか……それ、内部スペースちょっと食うけど、できなくはないかな」
「スイッチ部分も同様です。指に引っかかるような形状だと、装甲の隙間や他の機器と干渉する可能性がありますから、突起は極力なくして、フラットに」
言いながら、クロは手のひらで柄をなぞり、スムーズなラインを描いて見せる。
ウェンはそれを見ながら頷きつつ、思わず呟いた。
「ほんと細かいよね、クロって……あたしの方が開発者なのにさ」
「使う側の感想は、現場からの貴重なフィードバックですよ」
さらりと返すクロに、ウェンは思わず笑ってしまう。
「はいはい。じゃあ、その“現場”さんの次のご意見は?」
「――塗装です」
「塗装?」
ウェンが少し眉を上げた。
「ええ。普通の塗料を使うつもりなら、それに追加機能を加えられませんか? たとえば……対ビームコーティングとか」
「コーティングねぇ……それ、けっこうコスト上がるけど?」
ウェンが苦笑混じりに眉をひそめると、クロは静かに首を縦に振った。
「想定される運用環境を考えれば、それくらいは必要経費だと思っています。……この塗料分に関しては、こちらで予算を追加します。だから、どうかお願いします」
さらりと告げるその口調に、余計な揺れはない。真剣さと実務感が、言葉の端々ににじんでいた。
ウェンは思わず肩をすくめ、ため息まじりに小さく笑う。
「要望レベル、高くない? いや、もう高すぎない?」
「……それだけ、ウェンさんの技術を信頼しているということです」
クロが静かに言ったその一言に、ウェンの頬がわずかに緩む。
「はいはい……もう、そう来られたら断れないじゃん」
片手で端末を持ち直すと、ウェンはぽちぽちと要望を入力していく。その姿を見届けながら、クロは再びスラロッドの柄へと視線を落とした。
「――それと、最後にもう一点だけ」
「まだあるんだ?」
苦笑しながらそう返しつつも、ウェンの指は止まらない。
「表面処理についてです。……今のサンプル、少し滑りすぎます。素手でもそうですが、特に手袋をした状態だと微妙に操作に支障が出そうです」
そう言ってクロは柄を手のひらで撫でながら、感触を再確認するように指先を動かした。
「もう少しだけざらついた質感があると、ホールド感が違ってくると思います」
「はいはい、了解。じゃあ塗装工程のとこ、テクスチャ入りコートに変更しておく」
カチャカチャと端末を操作しながら、ウェンは小さく笑みを漏らした。
「……なんか、父さんより細かくない? いやマジで」
「私が使うんですから。譲れないところは譲れません」
あっさりと――けれど確固たる口調で、クロは言い切った。
その静かな姿勢に、ウェンは一瞬だけ黙り込み、それからまた肩の力を抜いたようにふっと笑った。