クレアの全力擁護と、友としての答え
その言葉を受け取る前に、クレアが小さく唸るように鼻を鳴らし、クロの肩から跳び降りた。
「――ウェン、クロ様を責めないでくださいっ!」
床に軽い足音を響かせながら、クレアは真っすぐウェンの前へと進み出る。その小さな身体には不釣り合いなほどの気迫がこもり、珍しく眉間にはしっかりと皺が刻まれていた。
「クロ様は、決して悪気があって言ったわけじゃないんです。ただ……その……!」
一瞬だけ言葉に詰まる。だが、前足を踏みしめると、意を決したようにきっぱりと言い切った。
「ビームガンくらい、クロ様にとっては全然問題じゃないんですっ!」
クロを一瞥し、背筋をしゃんと伸ばす。
「ただ、ちょっと……“忘れっぽい”だけなんですっ!」
突然の力説に、クロはわずかに顔をしかめた。ああ、やばいな――という予感が、静かに胸をよぎる。
「クレア……そのへんで、もう……」
けれど、クレアは聞く耳を持たなかった。勢いに火がついたように、早口でまくしたてる。
「クロ様は、自分がどれだけ常識外れの存在かを、たまにポロッと忘れちゃうんです! だからあんな発言をしてしまうんですけど、ほんとに、ほんっとーに悪意なんてこれっぽっちもないんです!」
ウェンはぽかんと口を開けたまま、クロへ視線を送る。クロは肩をすくめ、視線を逸らしていた。
「たとえば! 以前もグレゴさんに怒られました! “常識を学べ”とか“非常識すぎる”とか、“お前の発言には心臓に悪い”って!」
「クレア……言われてないことが含まれて入るような……」
「まだありますっ!」
クロの制止も空しく、クレアはさらに一歩ウェンへ詰め寄る。
「初対面の人に“三枚おろしにしてやる”って真顔で言ったり、なんでもない戦いの場面で急に技名を叫んで笑ってたり! 擬態も、私は“可愛い”のがよかったのに、“かっこいい”を押し付けて来たり!」
――と、勢いのまままくし立てたクレアだったが、途中でふと動きを止めた。小さく首を傾げ、眉をひそめる。
「……あれ? もしかして、初対面の人には言ってなかったかも……でも! そういう雰囲気は、たぶん、あったんですっ!」
その苦し紛れの弁明に、クロはじとっとした目を向ける。
(いや……初対面の人間には言ってない。怪獣には言ったと思うけど)
内心で突っ込みながらも、クロは何も言わなかった。クレアが今、全力で自分をかばおうとしていることは、痛いほど伝わっていたからだ。
(……混乱してるな……勢いで言った事ない事をぶちまけてる。……けど、ありがたい)
クロが言って事のない事も含まれており、クレア自身も必死でクロを庇おうとしているのだが考えがまとまらず思ったことを一気にまくし立てたあと、クレアの瞳がぴくりと細まった。そこに宿ったのは、明確な“私怨”だった。
「……それに私、お肉が好きなんです。なのに――クロ様は毎日、野菜ばっかり……っ! 栄養バランスとか言って……!」
完全に“最後のは関係ないだろ”と言いたくなる流れだったが、それでもクレアの目は本気だった。
ぐっと前足を踏みしめたまま、ウェンを見上げ、ふかぶかと頭を下げる。
「ですので……今回の発言も、ただの“常識を忘れた”だけなんです! 本当に、クロ様を許してあげてください!」
しんと静まりかえる試射室。クレアの訴えは、その小さな身体からは想像できないほどの熱を帯びていた。
ウェンは、困ったように眉をひそめながら、視線を泳がせ、そして――ふぅ、とゆっくり息を吐いた。
「……そっか」
その声に、クレアが顔を上げる。
「クロが“おかしなことを言う”のは、いつものこと――でも、そうやって誰かがちゃんと叱ったり、フォローしたりしてくれるから、“クロ”なんだね」
クロを横目に見やりながら、ウェンは苦笑する。
「……でもさ、クレア。野菜、ちゃんと食べたほうがいいと思うよ?」
「それは今関係ありませんっ!」
ぴしっと前足を突き上げ、全力で抗議するクレア。その声に込められた真剣さが、むしろ微笑ましく思えるほどだった。
それを見て、ウェンの頬がようやく緩む。口元に浮かんだ笑みは、安堵と照れが入り混じった、どこか姉のような優しさだった。
一方で――クロはというと、すでに静かに顔を両手で覆っていた。
「……私の評価が、地の底に突き刺さっていく音が……こう、ゴリゴリと……」
呟くその声には、もはや諦めと哀愁しかない。
そんなクロを見て、ウェンは苦笑しながらクレアの頭をやさしく撫でる。手のひらから伝わる体温が、ようやく場に落ち着きをもたらした。
そして――ふとクロへ視線を向け、柔らかく笑みを浮かべる。
「私はね、クロの武器をつくる技術者である前に――友達なんだから。そんな軽々しく“撃ってくれ”なんて言われたら、怒るに決まってるでしょ」
その一言に、クロはぴたりと動きを止めた。
手のひらの隙間から、そっと目だけを覗かせる。
「……はい。すいませんでした。反省は……してます。ええ、たぶん……」
その返事は、少し照れくさく、そして――どこか嬉しそうでもあった。