武器選びと不意の再会
「違いますが……ある意味、あってます。今度ちゃんと説明しますよ」
クロは静かに笑いながら、肩に乗るクレアの背をそっと指先で撫でた。クレアはくすぐったそうに目を細め、嬉しそうに尻尾をふるふると揺らす。そのやり取りの隙間を縫うように、カウンターの奥からブーツの音が響く。スミスが無言のまま立ち上がり、ゆったりとした足取りで歩き出した。
視線の先には、店の一角ではしゃぎまわるエルデの姿。
「クロねぇ! 見てほしいっす、これ!」
エルデは両手で銀灰色の銃を持ち上げ、ぴょんと跳ねるように近づいてきた。細い砲身が束ねてあり、照準器の脇には点滅する発光インジケーター。小型ながらも、見るからに“やりすぎ感”のある存在感を放っていた。
「マイクロミサイルガンっすよ! こんなに小さいのにミサイル撃てるなんて、ロマンしかないっす!」
声の弾みと共に、目がまるで宝石のようにきらきらと輝いている。まさに「心を撃ち抜かれた」という顔だ。
クロは銃に視線を落とすと、わずかに口元を引き結び――すぐに軽く吐息をこぼした。
「いりませんけど……無駄に“いいもの”はありますね」
その皮肉めいた一言に、スミスが少しだけ肩をすくめた。
「……無駄ってのは余計だ。興味本位でな、どんなもんかと一つだけ仕入れてみたんだが――火力が強すぎて、コロニー内じゃ使えん。弾も専用規格でな、そこらじゃ手に入らん上に、一発ずつ手で装填だ。……まあ、実用性ゼロのロマン枠ってやつだな」
言いながら、口元がわずかに引きつる。あきらかに「仕入れたはいいが誰も買わん」武器らしく、本人も苦笑を隠しきれていなかった。
クロは軽く肩を揺らして笑うと、エルデにそっと視線を向け、棚に戻すように手で合図を送った。
「スミスさんには、さっき私たちのことを話しておきました」
その言葉に、エルデの肩がぴくりと動く。
「……え、自分抜きで話したっすか……?」
声には軽い抗議の響き。ふくれた頬に、素直な悔しさと寂しさが滲んでいる。
「じゃあ、我慢できたんですか? この店で。ちゃんと話に集中できたんです?」
クロの問いに、エルデは視線をそらし、棚をちらちら見やったあと――すとんと肩を落とした。
「……無理っす。見るだけでソワソワして、手が何度も勝手に伸びそうになったっす……」
「なら、文句言わない! クロ様に失礼でしょ!」
ぴしゃりとクレアの声が飛ぶ。小さな体を膨らませて抗議する様子に、エルデは思わず肩をすくめたが――クロがそっと手を掲げると、クレアは不満げに唸りながらも口をつぐんだ。
そのやりとりを黙って見ていたスミスが、ふっと息を吐いてから問いを投げかける。
「――で、希望は? 何が欲しい?」
問われたクロは、目を細めてうなずきながら答える。
「まず、ビームガンとビームサーベルは必須ですね。それと……」
一度エルデの方に視線を向け、意図的に言葉を止める。そして、やや意識的に問いかけた。
「エルデ。あなたは――どんな武器を“持ってみたい”ですか?」
まっすぐな声。命令でも指示でもない、それは彼女の内側を問う言葉だった。
武器は与えられるものではなく、自分で選ぶもの――そう語るようなその眼差しに、エルデの表情がぴたりと止まった。
目を見開いたエルデは、小さく唇を噛みしめながら視線を巡らせる。棚に並ぶさまざまな武器――ビーム系、実弾系、特殊武装、そして一目で“ロマン枠”とわかるような代物まで、店内は多様な火器で埋め尽くされていた。
そのひとつひとつを前にして、彼女の瞳が揺れる。
――自分の手に、何が馴染むのか。
――自分は、何を望んでいるのか。
言葉ではなく、“目”で選び始めたエルデは、さきほどまでの好奇心だけの視線ではなく、静かな覚悟を帯びたまなざしで店内を見渡し始めていた。
その様子に気づいたスミスは、無言でエルデの横に立ち、手に取った武器や目を留めた品に対して、ぽつぽつと説明を添えていく。必要なことだけを語る職人の声に、エルデは素直に耳を傾けながら、次々と武器を見ていった。
一方、クロもまた、静かに店内を巡りながら棚の品を見ていた。やがて、空間にはロックな音楽と、エルデの問いにスミスが応じる声だけが淡く響いていた。
「スミスさん。この鎌も武器っすか?」
ふいに響いたエルデの声に、スミスがちらと視線を向け、無骨に頷いた。
「ああ、それはビーム鎖鎌だな。見た目より扱いは難しいぞ。……やめておけ」
短く返すその声音には、明らかに“初心者向きではない”という判断がにじんでいる。
その様子を少し離れた棚から見ていたクロは、ふと鎌に目をやり――数秒、無言で見つめたのちに視線を外す。
(……欲しい、けど)
心のなかでそう呟き、そっと呼吸を整えて次の棚へと歩を進める。
これは、エルデのための選定。
自分の趣味で動くわけにはいかない。
クロは鎌から目を離し、小さく息を整えて次の棚へ向かおうとした――そのとき。
カウンターの奥から、勢いのある声が店内に響いた。
「父さん! 試作品できたっ……!」
それと同時に、ドン、ドン、と重い足音が迫る。奥の扉が勢いよく開き、飛び込んできたのは、腰巻付きのジャンプスーツをきちんと着込み、前掛けのような分厚い耐熱エプロンを身につけたウェンだった。その手には、筒状の試作品らしきものが抱えられている。
だが、次の瞬間――彼女の足が、ぴたりと止まった。
「……えっ」
視線の先にいたのはクロ。バッチリと目が合い、その場の空気が一気に凍りつく。
ウェンの動きが固まり、掲げていた筒が宙で止まる。クロの目がわずかに細められ、無言のまま微笑みを浮かべていた。
そのプレッシャーに気づいたのか、ウェンはぎこちなく視線を逸らし、咳払いを一つ。
「……わ、忘れて」
小さくぼそっとこぼしながら、そろりと手を下ろした。その頬にはほんのり赤みが差し、耳元までうっすらと熱を帯びていた。