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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
惑星に巣くうもの
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クロの告白とスミスの覚悟

 クロは腰からビームソードを外し、さらにジャケットの裏からビームガンを取り出すと、静かにカウンターへと置いた。その所作には「これから本題に入る」という意思がにじんでいた。


「エルデ。少し店内を見てきてください。その間に、こちらで大事な話をします」


「了解っす! ……ワクワクするっすね!」


 弾む声で返事をすると、エルデは目を輝かせながら武器棚の方へ駆けていく。その背を見送りつつ、スミスはカウンター越しにクロへと目を戻した。だが、急に切り出された「大事な話」という言葉に、内心わずかな困惑を覚えているようだった。


 クロは一拍の間を置き、真剣な表情で切り出す。


「いきなりで申し訳ありませんが……私の正体について、スミスさんにお伝えしておきたいと思いました」


 言葉と同時に、クロが別空間からリボルバーを取り出した瞬間――サングラスの奥で瞳が揺れた。無骨な手が思わず止まり、手に持っていた端末がわずかに傾いて、床に落ちかける。それでも口元は固く結ばれたままだったが、頬の筋肉がわずかに緩み、驚きを隠し切れない表情が滲んでいた。


「……その技は……」


 スミスの声は、低く抑えられていた。サングラスの奥で目がわずかに細められ、驚きと警戒が入り混じる気配が微かに滲む。


 だが、クロは動じなかった。むしろ、これが本題であると言わんばかりに、静かに言葉を継ぐ。


「ウェンには既に話しています。そして、彼女の父であるスミスさんも、信頼に足る方だと判断しました。……まあ、ウェンの親というのが大きいんですが」


 言葉を選びながらも、その声音は揺るぎない。まっすぐに向けられる瞳には、隠し事をしないという意志と、託す覚悟が宿っていた。


「今の段階なら、ただの手品師の冗談として受け流すこともできます。ですが――それでも聞いていただけますか?」


 その言葉に、肩の上のクレアもじっと黙ったままスミスを見つめる。小さな身体に宿る瞳は、まるで「聞いてください」と語りかけるようだった。


 スミスは視線を外さないまま、静かに腕を組んだ。肘が革ジャンの生地を引き、軋む音が静かな空間に微かに響く。沈黙。十秒にも満たないその間に、彼の脳裏には娘の顔、クロの言動、そしてクレアとのやり取りの記憶が次々と浮かんでは消えていった。


「――話してみろ」


 低く、腹の底から絞り出すような一言。それはただの好奇心ではない。職人として、娘の身を案じる父親として、そしてこの世界に生きる一人の男として――真実に向き合う覚悟の声だった。


 クロは一つ深く頷き、今までグレゴやウェンに打ち明けてきたのと同じように語り出す。自分が“バハムート”という存在であること。肩にいるクレアが“バハムートウルフ”という特異な種であり、言葉を交わせること。そして、それを知っている者がコロニーにも限られて存在すること。


 語り慣れた口調ではあったが、真実を伝える重みは揺るがなかった。クロの説明をスミスは黙って聞き続ける。最初こそ訝しげな色があったが、かつて感じたことのない手の感触や、実際にクレアが言葉を発する様子を前にして――疑念は確信へと変わっていった。


 やがてスミスの表情が僅かに変わる。重苦しいものから、どこか面白がるような色合いを帯びていた。


「……と言うわけですが。理解していただけましたか?」


 クロが問いかけると、スミスは短く頷いた。


「わかった。このことは口外せん。だが――こちらにも条件がある」


 そう言うと、スミスはゆっくりとサングラスを額へ持ち上げ、真剣な表情をクロに向けた。


「ノアという奴がウェンに近づいて、不快な思いをさせたら……教えてほしい」


「……はい?」


 思わぬ言葉に、クロは困惑を隠せず眉をひそめる。だがスミスは構わず続けた。


「あいつが“彼氏”に相応しいかどうか――それを確かめたいんだ」


「……まだウェンの彼氏ではありませんけど?」


 スミスは気にした様子もなく、ゆったりと腕を組み直すと、視線をクロへと向ける。その目には、冗談めいた揺らぎは一切ない。そして、少し前にシゲルから聞いた言葉を思い出すように、低く呟いた。


「シゲルさんからも聞いたが……遅かれ早かれだろう。もし奴がウェンを泣かせるようなことがあれば――」


「泣かせるようなら?」


 クロが促すと、スミスは無言のままサングラスを元の位置に戻し、口を引き結んで一言だけ吐き捨てた。


「――ハチの巣だ」


 重低音のように響いたその言葉は、冗談めいて聞こえるにはあまりに真剣だった。サングラスの奥の瞳は見えない。だが、そこに宿る父親の不器用な心配だけは、痛いほど伝わってくる。過剰なほどに。


 クロは小さく息を吐き、わずかに肩を落とした。


(……転生前の世界でも、今の世界でも――父親というものは、やっぱり同じなんですね)


 どこか遠い記憶を思い返すような、その内心には苦笑めいた響きが混じっていた。


 その肩の上で、クレアが小さく首を傾げる。


「クロ様……“ハチ”って、銃のことなんですか?」


 クレアの素朴な問いかけに、場の空気がふっと和らいだ。


 スミスは小さく咳払いをしてサングラスを指で押し上げ、クロは苦笑を浮かべて肩をすくめる。張り詰めた時間の名残を、二人のささやかな仕草が静かに解きほぐしていった。

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