ロック・ボムの邂逅
クロの背に続いて店の扉をくぐると、外で聞こえていたロックの重低音が一気に全身を包み込む。
壁にはギターやベースのシルエットがネオンで踊り、その下の棚には剣や銃、鎚といった武器類が整然と並んでいる。まるでライブハウスと武器庫を掛け合わせたような異様な空間――それが「ロック・ボム」だった。
奥のカウンターに座っていたのは、一際目を引く人物。金色の長髪を片側に垂らし、濃いサングラスをかけている。革ジャンに破れたジーンズ、その姿はまるでどこぞのロックミュージシャンか、舞台を降りたばかりのバンドマンのよう。だが、その視線には鋭さと落ち着きが宿り、ただの飾り者ではないとひと目で分かる。
「いらっしゃい……クロか。それと――」
低く響く声が、音楽と混じって店内を震わせる。男――スミスはカウンター越しに視線を巡らせ、クロの隣に立つエルデをじっと見た。
「……エルデという娘か?」
「す、すごいっす! 自分の名前を言い当てたっす!」
エルデの驚いた声が店内に響き渡ったが、スミスは動じることなく深く頷いた。
「間違いないな。ウェンが言っていた通り――素直な娘だ」
その口調は淡々としていたが、わずかに目元が和らいでいた。そして、カウンター越しに視線をクロへと移す。
「……それで、今日は? ウェンなら今、工房にこもってるぞ。ここにはいない」
エルデの反応に小さく笑みを浮かべつつも、スミスは用件を確かめるように尋ねた。クロはその視線を受け止め、穏やかな笑みを返す。
「武器の製作は――順調そうですか?」
問いに、スミスは肩をすくめ、サングラスの奥で目を細める。
「どうだろうな。だが……毎日楽しそうにやってるぞ。制作そのものは順調そうだ」
どこか誇らしげに語る声音に、クロの表情も柔らぐ。
「……そうですか。では、どうか伝えてください。無理はしないように、と。無理をして失敗しては元も子もありませんから」
その言葉に、スミスは短く「任せろ」と頷いた。金色の長髪が揺れ、サングラスの奥の視線が改めてクロに注がれる。
「――で、今日はどうした? リボルバーのメンテナンスか?」
唐突に切り込む問いに、クロは小さく笑みを漏らし、首を横に振った。
「いえ。今日はエルデの武器を買いに。それと……ついでに私のリボルバーも見てもらえますか」
隣に立つエルデは「自分の武器!」という言葉に胸を高鳴らせ、瞳が期待に輝いた。その姿にクロは小さく苦笑を漏らし、そっと背中を押す。
「……まずは挨拶が先ですよ」
はっとしたように目を丸くしたエルデは、慌ててスミスの前に立ち直る。両手を体の前にぎこちなく揃え、勢いを込めて声を張った。
「エルデっす! クロねぇのサポートをしてますっす! よ、よろしくお願いするっす!」
あまりに全力な名乗りに、スミスはサングラスの奥で目を細め、低く笑みを漏らした。
「……ウェンの父親、スミスだ。よろしく頼む」
短く名乗ると同時に、分厚い掌を差し出す。エルデはぱっと顔を明るくし、両手でしっかりとその手を掴むと――全力で上下にぶんぶんと振り始めた。
「よろしくっす! ほんとによろしくお願いするっす!」
勢い余ってカウンターが微かに揺れるほどの握手に、スミスはわずかに目を見開きつつも、やがて堪えきれず笑い声をあげた。
(……この手じゃ格闘戦は向いてねぇ。射撃のセンスも――正直、怪しいだろう。だが……握ったときの迷いのなさ。そこだけは、確かな“資質”を感じる)
無邪気に力を込める少女の握手に、スミスの職人としての眼差しが一瞬だけ真剣な光を帯びる。観察を終えるより早く、クロが小さく咳払いをして合図を送った。
「エルデ」
「はっ……! す、すみませんっす!」
慌てて手を放し、深く頭を下げるエルデ。その仕草に、スミスは声を立てて笑うことはしなかったが、口元には明らかな笑みが浮かんでいた。サングラスの奥の視線は、興味深そうに少女を射抜いたまま離れない。
クロはさりげなく一歩前に出て、軽く会釈する。
「すみません、エルデが少しはしゃいでしまって」
「いや……問題ない」
短く答えたスミスは、笑みを引っ込めるとゆっくりと立ち上がる。革ジャンの裾が揺れ、店内を見渡す彼の姿は先ほどまでの“父親”の顔ではなかった。武器が並ぶ棚へと目を走らせ、改めてクロたちに向き直る。サングラスの奥から放たれる眼差しは、職人としての冷静さと商人としての計算高さを帯びていた。
「――で、何を買う?」
その声音は低く、重みを持ちながらも、どこか鋭く研ぎ澄まされていた。さっきまで笑っていた面影は消え失せ、そこにいたのは、武器と金の世界を知り尽くした“商人”の顔だった。その変化を前に、エルデはごくりと唾をのみ、クロは小さく息を吐いて気持ちを切り替えた。