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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
惑星に巣くうもの
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スカーフ型通信装置とロック・ボム

 その様子を見ながら、アヤコは苦笑を浮かべ、クロの肩に乗るクレアに目線を合わせる。


「ねぇ、クレア。耳がダメなら――黒いスカーフはどうかな?」


 提案に合わせてアヤコは身振りで喉元を指し示しながら続ける。


「そこに今回みたいな端末じゃなくて、もっと限定的な機能だけを仕込むの。繋げられるのはクロとエルデ、それに家族だけ。音声コマンドで『クレア、通信クロへ』って言ったら自動で接続、通信が入ったら喉元が軽く震えて『クレア、通信出る』って答えれば応答できる。そういう仕組みならどう?」


 クレアはきょとんと目を瞬かせ、首を少しかしげる。アヤコはさらに言葉を重ねる。


「それと……ちょっと嫌かもしれないけど、小型のスピーカーを耳の前に忍ばせるの。髪留めみたいな見た目にして、毛に軽く挟めば目立たない。耳が震えることもないし、喉元なら声も拾いやすい。――どう思う?」


 技術者としての真剣さと、家族を思う優しさが混じった声に、クレアはじっとアヤコを見つめていた。そして、少し不安げにクロへ視線を向ける。


「クロ様は……どう思います?」


 問いかけに、クロは小さく首を横に振った。甘えるような視線を受け止めながらも、あえて突き放すように真剣な声で答える。


「クレアが考えなさい。今回の失敗を踏まえて――どう思いますか? お姉ちゃんの案は」


 真っすぐに告げられた言葉に、クレアははっとして小さく俯いた。耳先をぴくりと動かし、しばし考え込む。自分のために用意されたもの。だからこそ、答えるのは自分だ。


 やがて顔を上げ、少し決意を込めて答えた。


「……やりましょう。できれば……可愛いのがいいんですが」


 どこか照れたように付け加えると、クロが苦笑を浮かべつつ口を挟む。


「そこは、やっぱり“カッコいい”のが――」


 しかし言葉の途中で、アヤコの瞳がきらりと光った。にこやかな笑みを浮かべながらも、その奥には「黙ろうね」と語る圧が潜んでいる。


 クロは口を閉ざし、肩をすくめて降参の仕草を見せるしかなかった。クレアはくすっと笑い、アヤコは満足げに頷く。


「なら、私がクレアに似合うものを選んで買って作っておくよ。明日か明後日には仕上げられると思う」


「お願いします! お姉ちゃん!」


 クレアは嬉しそうに尻尾を左右に振り、小さな体を弾ませた。その姿を見ていたエルデは、ほんの少し唇を尖らせる。


(……いいっすね。ちょっと羨ましいっす)


 胸の奥に芽生えた小さな嫉妬を押し隠しながら、彼もクロと一緒に家を出る。


 だが、歩き出したクロの足取りは、いつものギルドへ続く道ではなかった。石畳に朝の光が反射し、通りの賑わいが背中から遠ざかっていく。


「クロねぇ、ギルドに行かないんすか?」


 不思議そうに尋ねると、クロはふと立ち止まり、肩越しに微笑んだ。その表情はどこか意味深で、エルデの胸を一層高鳴らせる。


「今日はお休みです。それに……ちょっと面白いところに行きます」


 その一言に、エルデの瞳は輝きを帯びた。まるで冒険に誘われた子どものように胸が躍る。


 時折、クロの肩に乗ったクレアが耳をぴくぴくと動かしながら口を開く。


「クロ様、右じゃありません。真っすぐです」


 小さな声での道案内に、クロは素直に頷いて歩を進める。エルデはそのやり取りを横で見ながら、(ほんとクレアねぇは頼りになるっす)と心の中で感心していた。


 石畳の道を進むにつれて、通りの喧騒に混じって別の響きが耳に届き始めた。遠くの方から流れてくるのは、軽快で力強いリズム――ロックの音色だ。弦をかき鳴らす激しい音に混じり、ドラムのような低い響きが腹にまで届いてくる。


 エルデは思わず足を速める。胸が高鳴り、期待と好奇心が入り混じっていた。


「……なんだかワクワクしてくるっすね」


 そして三人がたどり着いたのは、一際目を引く店だった。大きな看板には「ロック・ボム」と刻まれ、鮮烈なネオンが瞬いている。ガラスの外壁には幾人ものロックミュージシャンの電子ポスターが連なり、派手な光彩を放ちながら観客を煽るように動いていた。


 建物の内側からは、地鳴りのような低音が絶え間なく響いてくる。扉の隙間から漏れるのはロックの旋律だけではない。金属を叩く硬質な音が混ざり合い、音楽と鍛造のリズムが一体となって外へあふれ出していた。


「……音楽屋さんっすか? 楽器でも買うんすか?」


 エルデは目を瞬かせ、首をかしげながらクロを見上げる。その顔には、戸惑いと期待がないまぜになった輝きが浮かんでいた。


 クロは小さく苦笑を漏らし、静かにドアへ手をかける。


「エルデの武器を買いに来たんです。ここは――ウェンの家族がやっている店ですよ」


 その言葉に、エルデの瞳がぱっと見開かれた。胸の鼓動は、扉越しに響くロックのリズムと重なり合い、熱を帯びながら高鳴っていく。彼女の表情には、これから出会う「武器」と「音楽」への高揚が、隠しきれずににじみ出ていた。

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