クレアの耳端末実験
一週間のお休みをいただき、誠にありがとうございました。
本日より、更新を再開いたします。
これからも皆さまに楽しんでいただけるよう、精一杯物語を紡いでまいります。
引き続き、クロたちの物語をどうぞよろしくお願いいたします。
ちなみに……残念ながら、私にはスネークの才能はありませんでした。
悲しい……。
アヤコとシゲルにやり込められた翌朝。気分を切り替えるようにして迎えた朝食のあと、クレアは待ちに待った瞬間を楽しみにしていた。
「これが――クレア専用通信端末だよ」
アヤコの掌の上には、小さく改造された二つの端末が並んでいた。元は指輪型の汎用端末。しかし細工を施し、クレアの耳にぴたりと取り付けられるよう、小さな隙間を設けてある。
クロの肩に乗ったクレアの外側の耳へそっと装着してみると、金具はずり落ちることなくぴたりと収まった。その感触に、クレアは顔をぶるぶると振る。どうにも慣れない異物感に、違和感が残っているようだった。それでも外れる気配はなく、端末は確かに固定されている。
「クロ様……なんだか、気持ち悪いです」
戸惑いを隠せない声に、クロは苦笑しながらも諭すように言った。
「我慢してください。これで、ちゃんと通信ができるようになるんですから」
そう言いながら、クロはアヤコへ視線を向ける。
「で、操作はどうするんです?」
アヤコは待ってましたとばかりに小さく頷き、クレアに体ごと顔を向けた。
「まず、右耳にさわれる?」
クレアはきょとんと目を丸くしながらも、後ろ足を器用に持ち上げ、耳をかくように端末へと伸ばした。何度かカリカリと軽く掻くと――小さな起動音とともに端末が反応する。次の瞬間、ふっと光が消え、耳からぽろりと落ちてしまった。
「あらら……」
アヤコが思わず声を漏らし、クロも苦笑しながら落ちた端末を拾い上げる。
「これは……初期調整がまだ甘いですね」
困った顔のクレアは、耳をぴくぴくと動かしながら二人を見上げていた。アヤコは小さく息を吐き、外側に取り付けていた端末の位置をずらし、根元ぎりぎりに付け直してみる。
「よし、これでどうかな」
促されるまま、クレアは再び後ろ足で耳をカリカリと掻いた。今度は端末が落ちることなく起動したが、投影された映像は天地が逆さまになってしまった。
「……上下、逆です」
「わっ、ほんとだ」
アヤコは慌てず、端末からアクセスして内部設定を開き、映像を反転。ついでに角度を自動調整できるよう制御を組み替えていく。
「クレア、これで見える?」
「見えますけど……近すぎます。端が切れてしまいますね」
クレアが首を傾げると、アヤコはもう一度頷き、指先で素早く調整を続ける。
「じゃあ、いいところで“ストップ”って言ってね」
しばらく光のパネルが揺れるのを見つめていたクレアが、ぴたりと尾を止めて声をあげる。
「ストップ。……はい、これで全部見えます」
「ふむふむ……なるほど」
アヤコは確認しつつも、今度は別の問題に気づいて眉を寄せる。
「でもこれだと、映像を直接タッチできないね」
そう呟きながら距離を少し伸ばし、角度を再調整する。だが何度試しても、クレアの小さな耳と視線の関係で、操作に適した位置が定まらない。
「う~ん……もう少し考えないとダメか。これじゃどう調整しても無理ね」
苦笑混じりにそう結論を出すアヤコの横で、クレアはまだ慣れない光のパネルをじっと眺めていた。クロは二人のやり取りを見守りながら、小さく笑みを漏らす。
「映像操作は仕方ありませんね。とりあえず、クレアからの発信は現状できそうにない」
「そうだね。ただ、受け答えくらいならできるはず」
アヤコはそう言って、今度はエルデのほうへ視線を向ける。
「エルデ、二階に上がってクレアに通信してみて。このアドレスがクレア用のチャンネルだから」
端末を操作し、アドレスデータを送信。エルデは「わかったっす」と短く返事をして階段を駆け上がっていった。
しばらくして――クレアが突然、びくんと体を震わせる。
「ひゃっ……左耳が変です!」
慌てて後ろ足でカリカリと掻くと、端末が反応し、耳の奥にエルデの声が響いた。
『クレアねぇ、聞こえるっすか?』
「ひゃあっ!」
クレアはさらに大きく体を震わせ、驚いた表情でクロを振り返る。クロは思わず吹き出しそうになりながらも、柔らかな声で問いかけた。
「どうです?聞こえますか?」
「聞こえます……けど、びっくりしました。耳が急に震えたのと、声が響くのとで……なんだか気持ち悪いです」
素直に訴えるクレアに、アヤコは苦笑しながら頷く。
「でも、ちゃんとエルデと会話はできてる?」
「えっと……エルデ、聞こえますか?」
小さな声で呼びかけたが、反応はない。
「……エルデ!聞こえてますか!」
今度は思わず大声になり、その直後、耳端末を通してかすかにエルデの返事が届いた。クレアはぴたりと口を閉じ、じっと耳を傾ける。
アヤコとクロは顔を見合わせ、小さく肩をすくめる。
「やっぱり……距離が離れすぎちゃうと、ノイズ扱いで処理されるんだね」
アヤコは反省点を素早く端末にメモし、深く息を吐いた。
「うーん……これは考え直しだね。残念だけど、今回の“耳端末”は失敗かな」
クレアは少ししゅんとした顔で耳をぴくりと動かす。だがクロはそんな姿を見て、そっと頭を撫でてやるのだった。