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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
惑星に巣くうもの
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四段変形と500万C

 そんなこととは知らず、クロは落ち着いた様子で言葉を続ける。


「そして二つ目は――飛行型です。これは大気圏突入はもちろん、重力下や宇宙空間でも飛行可能で。……欲を言えば、水中でも移動できたらいいですね」


 さらりと告げられた“欲張り”な一言に、シゲルは思わず苦笑を浮かべた。皿からソーセージをつまみ、かじりながらビールを流し込む。


「マジでわがままだな。……水中も、だと? また無茶を言いやがる」


 横で聞いていたアヤコが、遠慮がちに口を開く。


「出来ない……よね、さすがに」


 問いかけるような視線に、シゲルはきっぱりと首を振った。


「無理だ。両立できると言いたいが、こればかりは出来ん。高水圧や衝撃に耐えられるフレームはねぇしな。だいたい、そういう環境なら船が一番効率的だ。……せいぜい水上をホバー移動するくらいなら可能だがな」


 そう言いながら、シゲルはちらりとアヤコを見やった。アヤコはその視線を受け、胸をなでおろすように安堵の息をつく。


 クロは少し残念そうに目を伏せたが、想定内だったのか落ち着いて頷いた。


「飛行型はそれでいいです。無理を言っている自覚はありましたし……それなら、水中はバハムートで泳ぎますよ」


 くすりと笑いながらそう言うと、アヤコは一瞬想像してしまったのか、思わず吹き出した。


「ちょっと、クロ……バハムートで泳ぐって……!」


 シゲルは呆れたように眉をしかめ、缶を軽く揺らしてから口をつける。


 そんな二人の様子を横目に見ながら、クロは次の提案へと移った。


「三つ目は――陸上型です。まあ、地上を走れればいい。それだけなんですが」


 今度はシゲルがめんどくさそうに顔をしかめる。


「それならさっきの水上ホバーで十分だろう。わざわざ車輪でも付ける気か?」


 クロは否定せず、静かに頷いた。


「そうなんですが……お二人は惑星に行ったことは?」


「ねえな」


「ないよ」


 シゲルとアヤコが同時に答えると、クロは淡々と続ける。


「なら分からないと思いますが、コロニーと違って惑星には自然があります。土も、細かい砂も、舞い上がる埃も。……ホバーで移動すれば、それらを巻き上げて周囲に迷惑をかける可能性があるんです」


 クロの声は穏やかだったが、その言葉の一つひとつには惑星での経験を踏まえた現実味がにじんでいた。アヤコは再び口を閉ざし、シゲルは缶を指先で軽く叩きながら、何かを考えるように黙り込む。


「……まあ、これも今すぐ決めることじゃありませんし。現実的に四段変形が可能かどうかも、これからの話です」


 そう前置きしてから、クロは静かに言葉を続けた。


「とりあえず最後は――人型です。機動兵器としての基本形ですが……出来れば重力下で浮遊できるようにしたいですね」


「盛りやがる……」


 シゲルはぼやきながらビールを一口あおり、端末を操作した。次の瞬間、空中に投影されたリストが浮かび上がる。


「整理するとこうだな。変形は四つ――箱型、飛行型、陸上型、人型。すべてを宇宙と重力下で対応させる。さらに人型は浮遊機能を付けたい……と」


 一覧を指で示しながら口にしたシゲルの声には、呆れとわずかな感心が入り混じっていた。


「うわぁ……こうして並べると、なんか痛々しいよね」


 思わず口にしたアヤコの言葉に、クロはじとりとした目を向ける。


「……どういう意味ですか?」


 じっと見つめられても、アヤコは気にせず話を進めた。


「もしこれが全部無理だとしたら、必ず必要なのはどれ?」


 クロは少しだけ息を吐き、肩をすくめる。


「箱型と飛行型です。陸上型は代用が効きますし、人型も――戦闘だけなら私ひとりでも十分ですから」


 淡々としたその答えに、アヤコは再び視線を落とす。シゲルはビールを飲み切り、ふむと頷きながらリストを見やった。その表情は、まだ何かを言おうとしているかのようにわずかに笑みを含んでいた。


 クロはその笑みを見て、次に何を告げられるのかと、わずかに身構えた。しかしシゲルは特に何も言わず、淡々と次の議題を切り出す。


「……んで、予算は?」


 あまりにも素っ気ない問いに、クロは一瞬きょとんとした表情を浮かべる。深い含みがあると思い込んでいただけに、拍子抜けするほど直球の質問だった。


「えっと……とりあえずですが、500万Cくらいですかね」


 そう答えると、シゲルは腕を組み、低く唸りながら考え込む。缶を指先でとんとんと叩き、数字の重みを咀嚼するように沈黙した。


 アヤコも同時に、視線を宙に泳がせながら指を小さく動かす。頭の中で部品代、工場の斡旋料、調整にかかる手間賃――次々と数式を組み立てているのだろう。


 しばしの沈黙のあと、シゲルが低く唸る。


「……500万Cじゃあ、正直きついな」


 アヤコも小さくため息をつきながら、クロに視線を戻す。


「でも、不可能ってほどじゃないかもしれない。工夫すれば、ね」


 テーブルを挟んだ空気は、さっきまでの賑やかなやり取りが嘘のように静まり返り、沈黙の中ではじかれる算盤の珠だけが転がっているかのようだった。

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