騒がしい家族会議
「とりあえずは……」
クロがご飯を飲み込んで口を開くと、アヤコとシゲルが同時にうんうんと頷いた。
「ご飯を食べてからにしましょう。でないといつまでたっても夕食が終わりませんし。なんでしたら、明日でも……」
そう続ける間もなく、二人は急に食事へと集中し始める。アヤコはサラダを一気に平らげ、パンをスープに浸しては、熱いはずなのにゴクゴクと飲み干していく。シゲルは焼き魚を大口で頬張り、ご飯を一気にかき込み、咀嚼もそこそこにお茶で流し込んだ。
呆れ気味にその様子を眺めつつ、クロはあくまで自分のペースを崩さず、ゆっくりと箸を進める。クレアは食べ終えてのんびりと尻尾を揺らし、エルデはお代わりのご飯にマジカルふりかけを振りかけ、次々と違う味を試すことに夢中だった。
「で、予算は? どんなのにしたいの? 武装は? エンジンは?」
「待て待て、アヤコ。まずはフレームの確認だ。クロ! さっさと送れ!」
二人の勢いを受け流しながら、クロは食事を続ける。
「ク~ロ~!」
「まだ食事中ですよ。それに逃げないんですから、落ち着いて」
「もう! クレア! 一緒にお風呂行こ。さっさと入って上がったら、きっと終わってるでしょ!」
アヤコはそう言ってクレアを抱き上げ、お風呂へ向かう。そのとき、食べ終わったエルデも「自分も!」と元気に声を上げ、一緒に浴室へ駆けていった。
「賑やかですね」
クロが人ごとのように呟くと、シゲルは苛立ちを隠さずに返す。
「早く食え! さっさと話を詰めんぞ!」
「……はぁ」
諦め混じりの溜息をつき、クロも早々に箸を進める。食べ終えるころには、ちょうどアヤコが湯上がりの髪をタオルで拭きながらリビングに戻ってきた。
「まだ食べてたの!」
「いつもより早いんですがね」
苦笑しながら、クロは食器を自動洗浄機に片づける。ほどなくして、エルデとクレアも湯上がり姿で現れた。エルデのパジャマは無地の白いシンプルなものだが、生地は一級品。そのため最初は汚すのが怖くて下着姿のまま寝ようとしていたが、アヤコの「服がかわいそう」という一言に折れ、ようやく着るようになった経緯がある。
(下着姿より、ずいぶんましになりましたね)
そんなことを思いながら、クロも風呂に向かおうとした。だが、その背をアヤコとシゲルの声が呼び止める。
「話は?」
「……後です」
苦笑を浮かべつつ答え、クロは浴室へと向かった。リビングからは軽い怒声がまだ響いていたが、それを背に湯気の立つ湯船へ身を沈める。温かな湯が全身を包み込み、張りつめていた心身がゆっくりと解けていく。
――しばしの休息ののち。のんびりと湯に浸かったクロがリビングへ戻ると、ドアの目の前にアヤコが立っていた。まるで「逃がさない」と言わんばかりの表情で、そのままクロの肩を掴み、ソファーへと連行する。
「お父さんがまだお風呂に入ってませんが?」
抵抗半分にそう問いかけると、シゲルはビール缶を片手に振り返った。
「俺は明日の朝でもいいし、なんなら夜中でも構わん。今は進めるぞ」
クロは少し不思議そうに眉を寄せる。
「なぜそこまで?」
「簡単だ。久しぶりだからだよ」
そう答えると、シゲルは缶をあおり、喉を鳴らす。続けて、過ごしてきた日々を淡々と振り返った。
「ここ最近はマーケットもあったが、基本は変わらん。ジャンクを分解して洗浄し、動作確認をして修理や依頼に合わせた改造ばかりだ」
その言葉にアヤコも頷き、真剣な顔で口を開く。
「今日はクレアの通信機器の製作があったけど、私も最近はドローンの改造や制作、プログラムの組み立てばかりだったから。正直、別のことがしたいと思ってたの」
真面目に語る二人の様子に、クロはあえて問いを投げる。
「本音は?」
「儲かるから!」
声を揃えて放たれた答えに、クロは思わず目を瞬き、そして小さく笑う。
「やっぱり似た者同士ですね」
苦笑しつつも覚悟を決め、クロはクレアとエルデに向き直る。
「わかりました。クレア、エルデ。先に寝ててください」
しかしエルデがすぐに食い下がった。
「でもクロねぇ、その機体って自分のっすよね? なら自分がいた方が良いんじゃないっすか?」
クロが返事を考えるより早く、シゲルが口を挟む。
「今はまだいい。今回は方向性と、おおまかな予算や組み合わせを決めるだけだ。エルデの出番は、その案をさらに煮詰めるときだな。だから今夜は寝とけ」
まるで子どもをあやすような声音に、エルデは唇を尖らせながらも、渋々と椅子から立ち上がった。
「エルデ、そんなにいじけないで! 大丈夫です。クロ様もアヤコお姉ちゃんもお父さんもいますから、心配いりません」
そう言いながら、クレアがひらりとエルデの頭に飛び乗る。胸を張り、自信満々の声で続けた。
「クロ様、お先に失礼します。皆さん、おやすみなさい」
「クレアねぇ、すまねぇっす。……おやすみなさいっす」
エルデも頭を下げて挨拶をするが、その拍子にクレアがずるりと滑り落ちそうになり、慌てて前足でぺしぺしとエルデの額を叩いた。
「いてっ……! すみませんすみませんっす!」
頭を押さえつつ怒られながらも、二人は連れ立って二階へと上がっていった。その背を見送りながら、クロは小さく息を吐く。
「……やれやれ、騒がしい家族ですね」