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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
惑星に巣くうもの
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ソーセージとフレームの攻防

 そんな穏やかな“ご褒美”の時間は、唐突にグレゴの声によって打ち切られた。


「いないと思ったら……こんなところでくつろいでいたか」


 低く落ち着いた声音に、空気がぴしりと張り詰める。クロはフォークを置き、まるで何事もなかったように振り返った。


「おかえりなさい」


 平然とした返答に、グレゴは深々と息を吐き出し、肩をすくめる。「まあいい」――短くそう言うと、視線をクロに固定する。


「クロは食べ終わってるな。カウンターに来い」


「わかりました。……クレア、エルデはここで待っていてください。終わったら戻ります」


 クロは立ち上がり、軽くクレアとエルデへ視線を送る。二人はこくりと頷き、席に残った。その背を追うようにして、クロはグレゴと並んでカウンターへと向かう。


 業務を代わっていた女性職員が、二人の姿を認めて小さく会釈すると、席を立って持ち場を譲る。グレゴはいつもの位置に腰を下ろし、無言のまま事務机の引き出しを開く。


 クロはクレアから預かっていた端末を取り出し、スキャン部にそっと置いた。淡い光が端末を走り、決済処理が進んでいく。いつも通りの流れだが、その所作にはどこか“日常へ帰ってきた”安心感があった。


 処理を終え、端末を腰のホルダーに戻すと、グレゴが顔を上げる。


「フレームはどうする? ランドセルの方に送っておいて構わんか?」


「お願いします。あと、カタログもいただけますか」


「おう、送っておく」


 ぶっきらぼうながらも的確な返事。紙を扱うような手つきで、グレゴはすぐに端末へ入力を始める。その姿は完全に“ギルドの顔”へと戻っていた。


 クロは一礼し、足を返す。再び居酒屋の方へ戻ると、クレアとエルデが待ちきれない様子でこちらを見ていた。


「お待たせしました。支払いも済みましたから、帰りましょう」


 クロは居酒屋に戻り、クレアとエルデと合流。そのまま三人は夜の街を抜け、帰路についた。


 ――そして夜。温かな明かりの灯る食卓を囲み、家族での夕食が始まっていた。


 テーブルの端には、開けたばかりのビールと香ばしく焼かれたソーセージ。湯気を立てるスープや焼きたてのパンの香りが漂い、ご飯とみそ汁、そして焼き魚。洋と和が入り混じった賑やかな食卓は、まさに家庭らしい温もりを映していた。家族の笑みと談笑に包まれ、普段どおりの和やかな空気が流れていく。


 だが――その流れを変えるのは、クロのひと言だった。


「今回の仕事で、変形機構用の基礎フレームを手に入れたんですが……」


 ぽつりと口にした瞬間、アヤコがサラダに伸ばしていたフォークを止める。対面のシゲルもまた、ビールを持ち上げたまま動きを固めた。二人の動作が同時に止まったことで、場の空気もぴたりと凍りつく。


 その隙をついて、クレアがすばやく前脚を伸ばす。テーブルの端に置かれていたシゲルのつまみ――香ばしく焼かれたソーセージを、するりと器用にさらっていった。気づかぬまま視線をクロに注ぎ続けるシゲル。その横で、クレアは小さく尻尾を振りながら得意げに噛みしめている。


「フレームだけで、まだ真っさらな状態なんですが……」


 クロが続けると、アヤコは思わず目を見開き、シゲルは眉を寄せて無言のままクロを見据える。言葉は発しない。だが、その瞳には無言の圧が宿っている。


 クロの目には、その視線がまるで「C」のマークを浮かべているかのように映った。設計、組立工場の斡旋、そして費用――数々の計算が、二人の頭の中を駆けめぐっているのだろう。


「……えっと、聞いてます?」


 苦笑しながら肩をすくめるクロの問いに、先に反応したのはアヤコだった。フォークを皿に置き、身をぐっと前へ乗り出す。


「聞いてる聞いてる。で――それから?」


 真剣そのものの目が、クロを逃さない。クロはわずかに居心地悪そうに姿勢を直し、咳払いを一つ。


「え~とですね……」


(これ、グレゴさんの支払いにしなくてよかったですね。きっと今、頭の中ではとんでもないことを計算してそうな気がします)


 心の中でぼやきつつも、言葉を続ける。


「まだ少し先になりますが、惑星での依頼が入っています。その際に使いたいので、設計から進めようかと……」


 その瞬間、シゲルが缶ビールをテーブルに置いた。だが、手元のつまみだけはしっかりとガードしながら口を開く。


「いいぞ。やってやる。ただし――予算は?」


 彼の声音には、現実的な打算とわずかな期待が混じっていた。


 その横でクレアがじっとソーセージを見つめていたが、シゲルの防御に阻まれる。諦めきれずに一瞬前脚を動かすものの、すぐに断念して自分の皿の焼いた肉へと戻った。耳だけが小さく揺れ、名残惜しさを物語っている。


(さて……どのくらいの予算が適切だろうか)


 クロは思案を巡らせながら、箸を動かした。口に含んだご飯の温かさは確かに心を和らげる。だが、その安らぎさえ計算の波にさらわれていく。次に必要となる額、工数、そして誰に頼むか――答えはまだ出ないまま、彼女は静かに咀嚼を続けた。

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