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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
惑星に巣くうもの
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戦いの後はデザート

 そうしているうちに、クーユータがバハムートへと合流する。接続準備のアラートが鳴り、下部ハッチがゆっくりと開いていく。その隙間に向け、固定アームがせり出し、バハムートを慎重に保持・格納。そして、スカーレットと共に、二隻はそのままコロニーへの帰還ルートへと移行していった。


 クロは、クーユータのリビングへと戻っていた。一息つく間もなく、ソファに座るクレアの前に立ち、静かに言葉を切り出す。


「……まず、一つ、謝ります。技名の叫びとか、色々と押し付けて……すみませんでした」


 深く頭を下げるクロ。その動きがあまりに突然だったせいか、クレアは驚きの声を上げ、前脚をばたばたと動かす。


「クロ様っ!? そんな……頭なんて、あげてください!」


「いえ。グレゴさんたちに言われました。……“押し付け”は、良くないって」


 伏せたままの声は静かだったが、内に秘めた誠意がそこにあった。


「だから、ちゃんと伝えたかったんです。クレアは、クレアのやり方で戦っていいって。無理に合わせてもらわなくていいんです」


「わ、わかりましたっ! 謝罪は、受けますから……顔を、あげてください……!」


 必死な様子に、クロはゆっくりと顔を上げる。目の前のクレアは、心から心配するような表情でこちらを見つめていた。


「……ごめんなさい。そんな顔、させるつもりじゃなかったんです。ただ……言わないといけない気がして」


 その言葉に、クレアは胸の奥からふっと息を吐き、深くうなずいた。


「クロ様……私のために、ありがとうございます……」


 ぽつりとこぼされたその声には、戸惑いと、嬉しさと、そしてどこか誇らしげな響きが混ざっていた。


 クレアはそっとクロの右肩に乗り、柔らかく頬を舐める。その仕草には、主への深い感謝と親愛が滲んでいる。


 クロは静かにその頭を撫でる。ぬくもりを受け止めるように、優しく、丁寧に。


 しばらくして、クロは立ち上がると、リビングの前方――ブリッジの操縦席にいるエルデへと歩み寄った。


「エルデ。貴方にとって朗報になるかはわかりませんが――プレゼントがあります」


 不意に投げかけられた言葉に、エルデがびくりと肩をすくめる。


「なんっすか? その不吉な言い方! 怖いっすって!」


 操縦桿を握りながら、警戒心丸出しで振り返るエルデ。その様子に、クロは苦笑を漏らした。


「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。次の依頼で必要になる“あるもの”を造るだけです。……ただし――」


 言葉をふいに切るクロ。


「な、なんでそこで切るっすかーっ!?」


 思わず椅子をのけぞる勢いで叫ぶエルデ。その反応がツボに入ったのか、クロは肩を揺らし、隣のクレアも口元をぴくぴくと震わせていた。


 和やかな空気が、クーユータのブリッジに広がる。


 スクリーンには広大な宇宙が流れ、ホームであるコロニーへと近づいていく。帰還の安堵が漂い始めるなか、クーユータはスカーレットと別れ、それぞれの戦艦は静かに自分たちのドッグへと帰港していった。


 クロたちは転移を用いて先にギルドへ戻った。屋根裏から一階へと降りると、グレゴたちが戻るにはまだ時間がかかるらしい。待ち時間を潰すため、三人が足を向けたのはギルド内の居酒屋だった。


 そこではすでに少人数ながら飲み会が始まっており酒の香りと、煮込みの甘辛い匂いが入り混じる。懐かしさを誘う空気に包まれながら、クロは馴染みのおばちゃんへ軽く会釈し、そのまま口を開いた。


「おばちゃん。何かおやつあります?」


 唐突な願いに、おばちゃんの目がすっと細まる。その視線には、からかうような鋭さと、長年ハンターたちを見てきた者ならではの親しみが宿る。だが同時に――「居酒屋でおやつだと?」という呆れ混じりの気迫も滲んでいた。


「お~や~つ~?」


 引き伸ばされた声音に、クレアとエルデは同時に肩をすくめる。クロの肩に乗ったクレアは耳を伏せ、小さな身体を縮めるようにしてクロに寄り添う。エルデも気まずそうに視線を泳がせ、そっとクロの横に立った。だが、当のクロは臆する様子もなく、真剣な眼差しでまっすぐに答える。


「はい。討伐が終わったので、少し休憩したいんです」


 その声音の澄んだ響きに、おばちゃんの頬が緩んだ。ふっと笑みを浮かべ、腕を組んで頷く。


「よし! なら座りな。何が食べたい?」


 軽く顎をしゃくってカウンターを指さす。常連を迎える仕草に似た温かさが漂っていた。


 クロとエルデは並んで腰を下ろし、クレアは肩から軽やかに飛び降りる。磨かれた木の天板に、小さな肉球がちょこんと音を残した。


 顔を上げると、壁際のスクリーンに映るメニューは居酒屋仕様のまま。串焼きや煮物の文字が並ぶが、クロの求める甘味の影はどこにも見えない。


「……デザート、ないですけど?」


 首をかしげるクロに、おばちゃんは「ああ」と手のひらで額を軽く叩いた。


「ああ、すまないすまない。居酒屋メニューのままだったよ。ちょっと待ちな」


 そう言って端末を操作すると、画面が切り替わる。瞬く間に彩り豊かなデザートや軽食が並び、甘い匂いすら漂ってくるようだった。ケーキ、パフェ、揚げたてのドーナツ――思わず目移りするほどの品々が、そこに現れた。


 クロの目がぱっと見開かれ、その視線が思わずスクリーンに吸い寄せられる。頬がわずかに緩み、わかりやすく喜びの色が滲んでいた。

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