降臨案
グレゴはそれ以上言葉を重ねることなく、静かに頷いた。わからないことも多かったはずだが、それでも今の説明で十分な確信を得たのだろう。
だがクロは、なおも疑問を残したまま、その横顔を見上げた。
「……なぜ、今その確認を?」
問いかける声は穏やかだったが、どこか探るような響きを含んでいた。
グレゴは少し間を置き、無言でブリッジの外――虚無の宇宙へと目を向ける。それから、ぽつりと口を開いた。
「まずな。ギルドでこんな話はできねぇ。だが、今ここには、お前の正体を知ってる奴しかいない」
その言葉に、クロは小さく瞬きをする。グレゴは続けた。
「それに――今度の惑星での依頼だ。あの星まで一度行けば、コロニーからの行き帰りが出来る。だから、確認しておきたかった」
その説明に、クロは納得しかけ――ふいに目を細めた。
「……どうやるつもりです? まさか、惑星に一軒家でも買っておけって言うんじゃないでしょうね」
ジト目で睨むクロ。その視線には、“さすがに無理がありますよ”という色がありありと浮かんでいた。
だが、グレゴはどこ吹く風とばかりに口元を緩め、にやりと笑う。
「んなことは言わねぇよ。買わせたりもしねぇ。――今回は、俺が買ってやる」
「まあ……私には相談せずに?」
ジンが静かに目を細めた。その口調には柔らかな棘が混じっている。
だがグレゴはその視線を受け止めたまま、「まあまあ」といった調子で視線を返しつつ、続けた。
「覚えてるか? 前に買った“基礎フレーム”」
その一言に、ジンの眉がぴくりと動いた。
「ああ、覚えてるわ。貴方が“いずれ造る”って言って、強引に買った“変形機構用の基礎フレーム”ね」
思い出すなり、ジンの声に軽く怒気が混じる。
グレゴは苦笑いを浮かべつつ、少しだけ目を逸らす。そして、すぐにクロのほうを向いた。
「そのフレームを使って、一機。機動兵器を造るつもりだ。代金は――俺が全部持つ」
「……あなた、私に相談もなくよくそんなこと言えたわね」
ジンの静かな怒りが、じわじわとその場の空気を締め付けていく。グレゴは一瞬だけ口を開きかけたが、言い訳になりそうな言葉を飲み込んで、代わりに小さく肩をすくめた。
「……まあいいわ。その話は、帰ってからにしましょう。――続けて」
冷ややかな声に促され、グレゴは内心で背筋を正しながらも、額にじわりと冷や汗を浮かべた。とはいえ、ここで話を止めるわけにもいかず――意を決して口を開く。
「……とにかく、そのフレームを使って一機、機動兵器を造る。それを移動用にするつもりだ」
その発言に、クロが思わず手を上げて制止する。
「ちょっと待ってください。一回、整理させてください……」
数秒の沈黙。そして、ゆっくりと肩を落としながら呟いた。
「……無理です、整理できません」
その率直すぎる言葉に、グレゴは苦笑しつつ、仕方ないというように説明を続ける。
「簡単に言うとだな。クーユータは惑星の軌道近くに隠しておく。そこを“移動拠点”として使うんだ」
「で、そこからは……転移、ですか?」
クロが半信半疑で聞き返すと、グレゴは頷いた。
「そうだ。コロニーとクーユータ間はお前の転移を使う。で、惑星の地表には、俺が造る機動兵器で行き来する。クーユータから発進して、あとは地上で活動――そういう使い方になる」
「……それ、結構面倒では?」
クロの声には若干の戸惑いと呆れが混じっていた。だがグレゴは首を横に振る。
「面倒だが、楽になる部分も多い。まず、クーユータごと惑星に降りるのは目立つ」
「それは……たしかに」
クロは小さく頷きながら、納得するように口を引き結ぶ。
「それに、下部ハッチを使って発艦するとなると、構造上どうしても手間取る。宇宙では問題ないが……重力のある地表だと、デメリットが生まれやすい」
グレゴが補足するようにそう言うと、クロは眉を寄せたまま、わずかに肩をすくめた。
「……まあ、それは。サイズがサイズですから。他に選択肢もなかったとは思いますけど」
現実的な運用を考えれば、たしかにグレゴの言う通りだった。渋々ながらも、クロはその理屈を受け入れる。
そして、ふいに表情を引き締めると、静かな声で問いを投げかけた。
「では逆に聞きますが――私の“本体”が必要になった場合は、どうするんです?」
その問いに、グレゴは口元をにやりと歪めた。あからさまに“お前が好きそうな案”を投げる前兆の笑みだった。
「そんときゃ――転移してバハムートに戻って、大気圏に突っ込め」
クロが一瞬目を瞬かせたのを確認して、さらに声を重ねる。
「空から降って現れるバハムート。本体降臨。お前好みで、カッコいいと思わねぇか?」
その瞬間、クロの表情が真顔になる。想像してみる――静かな夜空を裂く閃光。突入音。そしてヒーロー着地するバハムート。
次の瞬間、口元にゆっくりと笑みが広がった。
「……採用です」
ぴしっと指を立てたまま、クロはにんまりと笑みを浮かべた。
「まさしくカッコいい! 私が指を鳴らして、『来い、バハムート!』って叫ぶと、上空から降ってヒーロー着地するバハムート! 最高じゃないですか!」
両手を軽く広げ、どこか演技めいた口調で熱弁を振るうクロに、グレゴは自分で提案したとはいえクロの熱量に肩をすくめて苦笑するしかなかった。