魂の叫びか静かな強さか
「はいはい。じゃあ本編、再生っと」
ジンがそう言って指先を動かすと、映像は“戦闘本編”へと切り替わった。
『クレアねぇ、出すっすよ』
『はい。私は出撃します。エルデは後方に――それと、録画の継続もお願いしますね』
そのやり取りに、ブリッジのグレゴが思わず眉間をしかめる。
「……撮影、いるか? 本気の戦場で……」
抑えきれずに漏れた呟きに、クロが横からやんわりと口を挟んだ。
「まあまあ」
どこか他人事のように、しかし肯定を含んだ調子で。
再生される映像は、すぐに宇宙空間へと場面を切り替える。クーユータの下部ハッチが開き、伸びた固定アームの先端には――黒き狼の姿。ヨルハは、その擬態に“戦闘の意志”を宿したまま、静かに外に出る。
『クレアねぇ、アーム外すっす!』
『了解です』
ロックが外れ、ヨルハの姿が宇宙に躍り出た。次の瞬間、その身体が黒い閃光となって走る。ドローンすら追いきれない速度で、宇宙の虚空を疾走する漆黒の影――。
ブリッジでは、ジンが自然と背筋を伸ばし、グレゴが黙ってモニターに目を凝らしていた。ただ、クロだけは静かに、そして若干の不満を含んだ声で呟く。
「……そうじゃないんです。『ヨルハ、出る!』とか『バハムートの眷属、ヨルハ、行きます!』とか、もっとこう、儀礼的な決め台詞が欲しいんですよね……」
その“こだわり”には誰もツッコまない。だが映像は、構わず進む。
ドローンがようやく追いついたとき、戦場はすでに始まっていた。――いや、“戦闘”というより、それは“蹂躙”だった。
中規模の海賊艦隊が展開する宙域。そこへ、たった一匹の黒き獣が飛び込み、次々と機体を無力化していく。
敵のフォルムはさまざま。火力も戦術も多様。だが――嵐を纏ったヨルハには、まったく通用しない。
彼女の身体を覆うストームアーマーは、あらゆる攻撃を“風圧”で逸らし、その動きは風そのもののように華麗だった。
一閃。爪に纏ったフレアが、敵の装甲を貫き、粉塵と化す。
一撃。突撃と同時に生まれる衝撃波が、敵の編隊を吹き飛ばす。
海賊たちが包囲しても、ヨルハは逃げない。その包囲網の中で踊るように翻り、力と技で撃破していく。まるで、それが遊戯であるかのように――。
撃墜された僚機の残骸が散るたび、敵パイロットたちの声が交錯する。
「な、何だあの動きは……!」
「もう持たねぇ、距離を取れ!」
恐怖と混乱の通信が飛び交うが、その声をかき消すように、黒き嵐は容赦なく迫っていた。
ブリッジの空気が、再び変わる。ジンは息を呑み、グレゴは険しい表情のまま、じっと画面を見据えていた。だがその口元には、皮肉とも賞賛ともつかない微かな笑みが滲んでいる。
「……まるで、犬がボールを追いかけて遊んでるみたいね」
ぽつりと呟いたジンの声に、グレゴがすぐさま応じた。
「いや……ボールの側から見りゃ、地獄だ。追いつかれたら、それで終わりだぞ」
その低い言葉とともに、再びブリッジには静寂が落ちる。
――だが、約一名。
「違うんですよ」
妙に真剣な声で、クロが口を開いた。
「もっとこう……魂の咆哮が要るんです。『スト――――ム! アーーーマーーーー!!』とか! 発動と同時に一喝することでインパクトも演出も何倍にも跳ね上がるんです!」
ブリッジの空気が微かにざわめいた。
「さらにですよ? ただ爪にフレアを纏わせるんじゃなくて、そこにも技名を! たとえば『焔牙裂爪!』とか『フレイム・リッパー!!』とか……絶対にあったはずですっ!」
クロは身を乗り出すようにして、モニターに向かって熱弁を振るう。その横で、グレゴの額にはゆっくりと青筋が浮かんでいた。無言のまま歩み寄ると、拳を握りしめ――ごん、とクロの頭を軽く小突く。
「いてっ……!」
「お前なぁ……! そういうこだわりを戦場にまで持ち込むな! っていうか、まずお前が見習えって話だろ!」
そう言って、グレゴは画面の中で静かに戦うヨルハを指さす。
「あれで、いいんだ。戦いは遊びじゃねぇんだぞ!」
だがクロも、臆する様子はない。
「いいえ、だからこそ叫ぶんです! 魂を乗せるからこそ気力が上がる! 限界を超えて、潜在能力も――倍増です!!」
拳を握って語気を強めるクロに、グレゴは呆れて目を見開いたまま固まる。
「……何だその理屈は……!」
ブリッジの空気が一瞬止まり、そして。
「ふふっ……」
ジンがとうとう堪えきれず、口元を押さえて笑いを漏らした。
「あなた、クロにはクロの“戦い方”があるのよ。それ以上は踏み込まないの」
そう、やんわりとたしなめられたグレゴは、むむ……と唸り声を上げながらも、不満を飲み込むように肩をすくめる。
だがジンはそのまま、視線をクロへと向けた。
「クロもよ。強制しちゃダメ。あなたも嫌でしょう? “黙って戦え”って言われたら」
その言葉に、クロは口を開きかけて――しかしすぐ、言い返す言葉が見つからず、口を噤んだ。
「……確かに。そうですね。黙って戦うなんて……嫌です」
ぽつりと素直に答えるその声音は、どこか子供のような悔しさと理解が入り混じっていた。
ジンはそんなクロの反応に、ふっと微笑みを浮かべる。
「でしょ? だから、クロはクロでいいの。クレアはクレア。みんな、自分なりの“やり方”があるんだから」
その柔らかな口調には、どこか母親のような優しさと諭すような温かみがあった。
その横顔を見ながら、グレゴは密かに心の中でぼやく。
(……納得してんじゃねぇよ。ほんとに子供か、お前)
だがその表情に浮かぶのは、呆れと微笑の混ざった、どこか温かなまなざしだった。