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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
惑星に巣くうもの
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戦闘記録の前座

 映像データの転送が完了すると、ジンはすぐにモニター前に腰を据え、操作パネルに指を滑らせた。


「それじゃ、再生するわね」


 再生が始まると、スクリーンには“彼女たち”がバハムートと別れた直後の映像が映し出された。


『エルデ、ちゃんと撮れてますか?』


 通信マイクに確認するクレアの声が入り、画面がわずかに揺れた。ドローンの視点らしい浮遊感が、静かにその存在を主張する。


『大丈夫っす。クロねぇのドローン、アヤコの姉さん製なんで、完璧っすよ。鮮明に映ってるっす』


 応じるエルデの声。直後、もう一台のドローンが起動音と共に視界に現れ、今度はエルデの顔が映り込む。


『こっちも録画OKっす! にしても、すごいっすね、コレ。コンパクトなクセにこの性能。やっぱアヤコの姉さん、只者じゃないっす』


 その言葉に、映像の中のクレアが小さく鼻を鳴らし、誇らしげに胸を張る。


『当然です。だって、お姉ちゃんですもの!』


 カメラに向かって得意げに笑うクレア。その様子にスカーレットのブリッジでは、ジンが目を細めて微笑み、クロはわずかに口元を緩めて頷いた。


 だがその時――


「……ちょっとストップだ」


 グレゴが低い声で言い、ジンが再生を一時停止させる。モニターの中でドヤ顔のクレアが静止し、空気が一瞬静まった。


 グレゴは眉間を押さえながら、溜め息交じりに言った。


「……なんだこれは?」


 映像ではなく、視聴者の方に問いかけるような視線を向ける。


「私に聞かれても困ります。続きを見れば、きっと何かわかると思いますけど」


 肩をすくめたクロの返答に、グレゴは渋々手を引いた。


「……続けて」


「はいはい」


 ジンが肩をすくめ、映像の続きを再生する。


『でもクレアねぇ、本当にいいんすか? クロねぇに見せるって言っても、勝手に録画しちゃって』


『問題ありません! これは“記録”です! クロ様に、私の勇姿を見せるための!!』


 右前脚をビシッとカメラに向けて掲げるクレア。その動作に合わせて、ドローンがしっかりとフォーカスを合わせてくるあたり、技術の高さが伺える。


『さあ、行きましょう。不埒な海賊どもを――塵にしてご覧にいれます!!』


 勢いよく宣言したその直後、別方向からエルデの呑気な声が入った。


『あー……もう向かってるっすよ?』


『……えっ』


 しばしの沈黙。次の瞬間――


『そこは「了解っす!」でのってくれなきゃダメでしょ!!』


 クレアがバサッとエルデの頭に飛び乗り、前脚でぺしぺしと彼女の額を叩き始めた。ドローンは、その様子をぶれずにしっかりと捉えていた。まるで、二人の漫才を実況中継しているかのように。


 ブリッジには、奇妙な沈黙と、にじむような笑いが同居していた。グレゴは言葉を失い、眉間に皺を寄せたままモニターを凝視している。その隣で、ジンが肩を震わせながら笑いを堪え、クロも口元を抑えたまま小さく肩を揺らしていた。


「……ちょっと待て」


 静かな抗議の声とともに、グレゴが再び映像の再生を止めさせる。


「これは……本当に“戦闘記録”なんだよな? プライベートログか何かと間違えてないか……?」


 真剣な顔つきで問いかけるグレゴに、ジンはくすりと笑いながら頷いた。


「ええ、間違いなく公式記録よ。続けていい?」


 渋々ながら、グレゴは視線を画面に戻し、頷く。その顔には「納得はしていないが見届けねばならない」という諦めの色が滲んでいた。


『クレアねぇ、もうやめてほしいっす。そろそろ操縦席に戻らないとマズいっすよ』


 画面の中では、エルデの頭からふわりと浮かび上がったクレアが、華麗にソファーへと着地していた。エルデは深く一息を吐くと、真剣な面持ちで操縦席へと歩み寄っていく。


 座席に腰を下ろすと、迷いのない動きで端末を操作し、宙域転移のための疑似ゲートを展開していく。ブリッジ内には、ごく短い起動音と共に空間情報が生成され、ゲート移動が開始されていく。


『これでしばらくはほって置いてもいいっす。クレアねぇ、何か飲むっすか?』


『ミルクをお願いします』


『了解っす』


 その何気ないやり取りが再生された瞬間、ついにグレゴの忍耐が限界を迎えた。拳を握りしめ、額に青筋を浮かべながら、ブリッジ内に怒声を響かせる。


「……もういい!! 戦闘のとこまで飛ばせっ!!」


 言葉の裏に込められた“ツッコミ成分”の強さは、もはや突貫レベルだった。


 ジンはその怒りの声に吹き出し、口元を押さえながら肩を震わせる。クロも、こくこくと真顔で頷いた。


「ふふっ……やっぱり、耐えきれなかったわね」


「これは確かに“戦闘前”……ではあるが。どう見ても前座でしかないだろ、これ」


 グレゴが苦々しく呟く。だが、内心ではもう諦めにも近い“妙な理解”が芽生え始めていた。


 ジンはそのまま操作パネルに指を滑らせ、シークバーをスライドさせる。


「はいはい。じゃあ本編、再生ね」


 映像は、ようやく“戦闘”へと向かう。

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