残された戦いの記録
誤字脱字修正しました。
ご連絡ありがとうございました。
バハムートはなおも不満げに口を尖らせながら、ふいに視線を逸らす。その双眸が捉えたのは、宇宙の彼方――既に静けさを取り戻した虚空の一点だった。
「……じゃあ、そろそろ戻るか」
その呟きと同時に、空間が一瞬だけ揺らぎを見せる。次の瞬間、スカーレットごと彼らは災害宙域から離脱し、F18コロニーの周辺宙域――安全圏となるポイントへと転移を完了していた。
その直後、バハムートの疑似コックピットのハッチが自動展開し、内部からクロの姿が現れる。空間ごと滑り出るように、彼女はそのままスカーレットのブリッジに転移してきた。
「……うおっ!? お前、いきなり現れるなよ……!」
グレゴが思わず肩をすくめて声を上げる。だがクロはまるで気にする様子もなく、淡々と歩み寄ってジンに視線を向けた。
「インカム、返しますね」
「ふふ……不機嫌そうね」
ジンがそう言って笑みを浮かべながら、座席越しにインカムを受け取る。クロは無言で頷きながら、そのまま小さく息を吐いた。
「……それは、そうなりますよ。あれだけ魂を込めた技を、あの扱いとは……正直、ショックです。グレゴさんには、ちょっとがっかりしました」
「……俺のせいかよ」
グレゴは肩をすくめ、ため息まじりにぼやいた。だが、その様子を見ていたジンがくすりと笑い、静かに口を開いた。
「でも、気持ちの面では伝わってたわよ。……むしろ、微笑ましかったわ。なんだか――昔の“子供たち”を思い出しちゃった」
ジンはふっと目を細め、どこか遠くを見つめるような柔らかな表情を浮かべる。その横で、グレゴも軽く息を吐きながら小さく笑った。
「……ああ、確かに。あいつらと重なったな。無邪気な“必殺技ごっこ”。まあ、わからんでもねぇが――現実は、そんなもんだ」
静かに告げられた現実。それは一見やさしげだが、否定にも近い言葉だった。
クロは、むっ、としたように口を尖らせる。
「それでは、まるで……私が子供のままだとでも言いたげですね」
「あら。実際そうじゃなくて?」とジンが軽く肩をすくめる。「たしか申請年齢、十二歳だったわよね? 十分、子供だと思うけど」
「……っ」
言い返せない。わかっていた。外見も、手続き上の年齢も“子供”に見えることは――だが、だからといって軽んじられるのは納得がいかない。
クロはぷいと視線を逸らし、わざとらしく口調を切り替える。
「……その話は、ひとまず置いておいて」
間髪入れずに、グレゴの低い呟きが被る。
「お前が振ったんだろうが……」
それでもクロは聞こえないふりをして、話を進める。
「ジンさん。エルデに通信を繋いでください。向こうの状況を確認しておきたいです」
そう告げるクロに、ジンは微笑を浮かべながら頷いた。
「ふふっ、了解。少し待ってね」
ジンの指先が操作パネルに触れると、通信回線が開かれ、わずかな待機のあと――
『エルデっす。ジンさん、どうしたんっすか?』
軽快な声が返ってくる。だがすぐに、通信画面の向こうでエルデが何かに気づいた。
『あっ、クロねぇも一緒っすか? ってことは……そっちは、もう終わったっすね!』
明るく、嬉しそうな声。その様子に、クロも穏やかに微笑んで応じる。
「ええ、無事に終わりました。そちらはどうですか?」
『こっちは――そうっすね。一言で言うなら……可哀想だったっす』
その予想外の答えに、ジンとグレゴは同時に目を細める。
「可哀想?」
「何がだ……?」
疑問をにじませる二人に対し、クロだけは意味を察したのか、口元に小さく笑みを浮かべる。
「それはそれは――ずいぶん張り切ったんですね、エルデ」
その一言で、ジンはすべてを察してくすりと笑い、グレゴも「ああ……そういうことか」と肩を落としつつ、どこか哀れむような苦笑を浮かべる。
『すごかったっすよ、本当に……見るっすか? 今までの記録、全部残ってるっすけど』
意気揚々と語るエルデの声に、クロはやや目を細めた。
「終わったんですね?」
『ついさっきっす。今、クレアねぇが帰ってきてるところっすよ。どうするっす? そのまま映像、転送するっすか?』
モニター越しに問いかけてくるエルデ。その言葉を受けて、クロは隣のジンとグレゴへと視線を向ける。
すると、グレゴが小さく肩をすくめて答えた。
「……送ってくれ。お前みたいなことになってないと信じたいが、念のためな」
その言葉に、ジンもふっと笑みを浮かべながら頷いた。
「ええ。クレアちゃんの戦いぶり、私も興味あるわ」
許可を得たクロは小さく頷き、通信へ向き直る。
「転送をお願いします。こちらで確認している間に、そちらも戻ってきてください。ジンさん、現在座標を送ってもらえますか?」
「了解。今、送るわね」
『わかったっす。じゃあ送るっすよ。楽しみにしててっす』
やり取りが終わり、映像ファイルの送信が始まる。
その様子を見ながら、クロがぼそりと呟いた。
「……さて。私がいない状態で、どう戦ったのか――少し楽しみですね」
画面を見据える彼女の目に、わずかな期待と警戒が宿る。その隣で、グレゴが溜め息交じりに言葉をこぼす。
「俺は……相手の方に、同情しそうだよ」
その呟きが、果たして現実になるのか――それとも、ただの杞憂に終わるのか。それは、今まさに転送されてくるその“記録”を確認してみるまでは、誰にもわからなかった。