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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
惑星に巣くうもの
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様式美の是非

 バハムートは偽バハムートとワームホールの完全な消滅を確認し、しばし宇宙の虚空に佇んだ。空間に満ちていた凶気と怒声が嘘のように掻き消え、深宇宙に静寂が満ちていく。


(……今回は、“目”は出てこなかったか)


 胸中で呟き、ひとつ息を吐く。肩に担いでいたフレアソードを軽く回し、そのまま異空間へと収めた。全てを斬り裂いた“終端の剣”は、光すら飲み込むようにして静かに消えていく。


 再び無音に戻った星の海――その余韻を切り上げるように、バハムートは身を翻し、ゆっくりとスカーレットへ向かって飛翔した。


 ブリッジ付近に顔を近づけ、姿を現したバハムートに、グレゴは開口一番こう問われる。


「どうだった? 初めて見た、俺の“戦い”は」


 明らかに得意げな声音だった。それに対し、グレゴは静かに、だが真正面から答える。


『素直に言おう。理解しがたい戦いだった。そして――改めて思った』


「ほう」


 内心では“カッコよかった”という感想を期待していたバハムートは、続きを待つ。


『……お前の扱いに困る』


「は?」


 虚を突かれたような反応。予想していた称賛はどこにもなく、返ってきたのは困惑交じりの本音だった。


(え? そこはさ……“必殺技カッコよかった”とか、“あの叫び、しびれた”とか、そういう反応じゃないのか……?)


 少し戸惑いながら尋ねる。


「……カッコよかっただろ? 俺」


 だがグレゴの答えは、ますます予想外の方向へ向かった。


『……正直、恐ろしかった。こっちがいくら考えたって、まるで意味がない。危機感も緊張も、戦場の理さえ、お前の前じゃ全部吹き飛ぶ。完全な一方的蹂躙――そうとしか言えない』


 グレゴの声は低く、だが確かな温度を持って続く。


『しかもな……お前、余計な動きばっかしてんのに、その“無駄”すら楽しんでるように見えた。力の誇示じゃねぇ。ただ、遊んでる。戦場を舞台にして、踊ってるみたいに』


 一拍、息を吐いて。


『あれじゃ……他のハンターとは共闘できねぇ。次元が違いすぎる』


 静かな声の中に、畏怖とも驚愕ともつかぬ色がにじんでいた。


 バハムートは、ぽりぽりと頬をかく。


「……そっか。伝統を重んじた戦いだったんだが……カッコよくは、なかったか?」


 肩をすくめながら、バハムートが問いかける。その声音には、ほんの少しだけ、期待と照れが混じっていた。


「名乗りとか、技の出し方とか――最後の必殺技なんて、“お手本”だったろ? 俺なりに様式美を徹底してみたんだが」


 だが、返ってきたのはジンの笑い混じりの通信だった。


『ふふっ……子供っぽくて、良かったわよ』


「……ッ!」


 思わず言葉を詰まらせるバハムート。そこへ、畳みかけるようにグレゴの冷静な追撃が入る。


『ああ、確かにな。子供が必殺技を放つみたいで、微笑ましかったぞ』


「…………」


 静かに目を見開き、唖然と立ち尽くすバハムート。あれほどの闘志と演出、渾身の名乗りと剣の振り抜きをもってして、“子供っぽい”という感想に集約されるとは。


(……良さが、わかってない。いや、おかしい。特殊兵装、戦闘機、ロボット、機動兵器、超常現象すら飛び交うこの世界で――なぜ、“あれ”をカッコいいと思えない!?)


「いやいやいや、違うだろ!? グレゴ、お前なら分かるはずだ!」


 珍しく語気を強め、バハムートは前のめりに詰め寄る。


「魂の奥底から湧き上がる“闘志”ってやつをだ! それを叫びと一閃に乗せる! それが、魂の必殺技ってもんだろ!? 見てて思わなかったのか、カッコいいって! 魂が、籠もってたって!!」


 完全に熱弁モードである。


 映像越しのグレゴは、ちょっとだけ視線を泳がせてから、ぽつりと漏らす。


『……まあ、魂は感じた。叫んでたし。すごく。……主に“気合”方面で』


『うん、全力でやってたのは伝わってきたわよ』


 ジンも優しく微笑みながらフォローを入れる――が、肝心の“カッコよさ”には、やはり一言も触れてこない。


 その事実に気づいたバハムートは、目に見えて肩を落とし、盛大にうなだれた。


(……この世界は、どこかおかしい! あれほどの気迫と演出、先達の魂を継ぐ戦い方だったのに――なぜ、誰も“伝統”を評価しない!?)


 宇宙最強の存在とは思えないほどの、がっくりとした姿勢でぼやく。


「……マジでか。なんでだ? あれでダメなのか?」


 その叫びに、通信越しのグレゴがため息混じりに返す。


『無駄すぎる。あんなもん、わざわざ敵に“今から攻撃します”って宣言してるだけだろ』


「……いや、でも、当てれば関係ないだろ!? 避けられないなら叫んでも問題ない!」


 少しムキになった様子で反論するバハムート。だがグレゴはすぐさま、静かなトーンで返す。


『そもそも前提が違う。お前は、“避けられないから”叫べるんだ。なら聞くが――もし、相手が同じように、お前みたいに真正面から技名を叫んできたら……お前、どうする?』


 問われて、バハムートは即答する。


「受ける!」


 グレゴが、一拍置いて沈黙する。バハムートはさらに続ける。


「正面から、全力で受けて――その倍返しだッ!」


『…………それができるのは、てめぇだけだ』


 スカーレットのブリッジに、やれやれという空気が漂う。

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