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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
惑星に巣くうもの

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地声と暴走と、バハムートの人間味

『しかし、すげぇな。一瞬でこんな遠くまで……何か制約とかは無いのか?』


 驚きと警戒の混じった声音だったが、先ほどまでの怒りはもう消えている。目の前で起きた現象に、素直な関心が滲んでいた。


 バハムートは、その反応をどこか面白がりながらも、きちんと答える。


「制約は……“一度その場所に行くこと”くらいだ。俺の痕跡を残せば、そこにはいつでも転移できる」


 すると、インカム越しに不思議そうな声が返ってきた。


『クロ、お前……喋り方が違ってねぇか?』


「それは仕方がない。これが、本来の口調だ」


 バハムートは淡々と応じる。そして、次の瞬間には意識を切り替え、“本来の声色”を、意図してそのまま響かせた。


「聞こえるか? こっちでも問題ないなら、このまま話すが――どうだ?」


 その声は、クロという少女のものではなかった。低く、響き、空間そのものに染み込むような重層的な音――それは、かつて宇宙を震わせた“存在そのものの声”、バハムート本来の“地声”だった。


『……聞こえるな。インカムは拾ってるみたいだが……なんつーか、案外こえぇな』


 グレゴの声に、わずかな苦笑が混じる。


『そうね。でも……それが“バハムート”って感じがするわ』


 ジンの声はむしろ楽しげで、どこか感心しているようでもあった。


 それを受けて、バハムートは静かに頷く。


「だろう。だが、あの分身体――少女の姿でこの声を出すのは、流石に違和感があるだろう? だから、口調は変えている。見た目に合わせてな。……まあ、“変えてる”だけで、演技をしているわけじゃないが」


『だろうな。じゃなきゃ、あの“生意気な態度”は出せねぇ』


 グレゴが吐き捨てるように言う。だがその声音には、どこか呆れと愛嬌が混じっていた。


 バハムートは、くつくつと低く笑う。


「それは光栄だな。だが、俺の正体を知っていて……その態度を取るお前の方こそ珍しい。普通は、殺されるかもと考えて身を引くものだが?」


『アホか! バカやれば叱る。当たり前だ!』


 グレゴは即座に返す。語気は強いが、その言葉には確かな信念が込められていた。


『特にお前はな――常識がぶっ飛んでるし、突拍子もないことを平気でやらかす。止めなきゃどこまででも突っ走る。だから叱るんだよ。叱らなきゃ、止まらねぇ』


 そして、ふっと笑うように付け加える。


『逆に言えば、お前くらいだ。……シゲルを除けば、俺にあんな態度を取って、怒られながらも平気でいられるのはな』


 その言葉に滲むのは、呆れや怒気ではない。むしろ、深く染み込んだ信頼と、言葉にせぬ肯定の感情だった。


 その響きを受けて、バハムート――いや、クロの唇がわずかに綻ぶ。人という存在に、少しだけ心が温まる。


 と――通信に割って入る声が届いた。


『お二人とも、その辺で。……前兆だったものが、いま確定に切り替わったわ。災害発生、確認』


 ジンの淡々とした声。その裏には、危機に対する緊張とプロとしての即応性が漂っていた。


「了解。では、殲滅しますか」


 バハムートは静かに返すと、くるりと振り返り、双翼を震わせ前方へと滑り出す――が。


『まて、落ち着け! 一応聞くが、援護はどうする?』


 グレゴの声が慌ただしく入る。


 だが、バハムートはそれすら意に介さず、肩越しに振り返って――どこか誇らしげに、堂々と言い放つ。


「見るがいい。そして録画しておけ。これが、“戦い”ではなく――“一方的な暴力”だ」


 堂々たる宣言を残し、バハムートは一気に加速。微粒子の海を切り裂くように、星々の間を縫って敵宙域へ突進していった――が。


『バカ、違ぇ! そっちは逆だ!』


 一瞬の静寂。


「………………」


 バハムートはぴたりと動きを止め、その場で静止する。


『インカムで誘導するわ。とりあえず、今のは完全に反対』


 ジンの平静な声に、ややバツの悪そうな沈黙を挟みつつ、一瞬で反転し、滑るように戻ってきたバハムートが、確認するように指先で反対方向を指し示す。


「……こっち?」


『そう、そっち』


 ジンの声には、苦笑が滲んでいた。


 そして、隣でそのやり取りを聞いていたグレゴが、ぐっとこらえるように溜め息をひとつ吐く。


『……案内してやろうか? いや、むしろ頼むって言え』


「いえ。……案内は結構。あと、今のくだりは――カットでお願いします」


 振り返るバハムートの声には、どこか人間臭い照れと、それを誤魔化すような強がりが混じっていた。


 漆黒の巨躯が、軌道を修正し、正しい進路をまっすぐに突き進んでいく。まるで――ほんの少し前の逆走など、最初からなかったかのように。


 スカーレットのブリッジ。その操舵席では、ジンが肩を揺らして笑いながら、操縦桿に手を添えていた。隣では、グレゴが呆れたように眉をひそめ、腕を組む。


「……バハムートってのはなぁ。なんで毎回、迷子になりやがるんだ?」


 ついさっきまでの出来事を振り返りながら、どこか嘆くように吐き出すグレゴ。


 だが、ジンは軽く微笑を浮かべたまま、淡々と返す。


「いいじゃない。あれも――“人間味”ってやつでしょ?」


 そのひと言に、グレゴは思わず肩をすくめ、力なく笑った。


「……人間味ねぇ。バハムートとしては落第だが、人としては――まあ、悪くないな」


 少し眉をゆるめながらそう呟くグレゴの横顔には、呆れと同時に――どこかあたたかい感情が滲んでいた。

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