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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
惑星に巣くうもの
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真紅の戦艦と対等の声

 ゆるやかに、真紅の艦体が宙域を滑るように近づいてくる。その姿は鋼鉄の矢のように鋭く、先端から艦尾へと伸びる流線形の船体は、いまだに研ぎ澄まされた刃の気配を失っていない。


 深紅の装甲は時を経ても色褪せず、戦艦としての格を誇示するかのように宇宙空間で圧を放つ。上部には多層のブリッジと砲座が並び、後方には二対の巨大エンジンが突き出していた。その設計は瞬発的な加速よりも持続的な推進を重視したものだと一目でわかる、重厚な構造。


 船体に走る細やかなパネルライン、今は沈黙している数多の砲門――それらが、かつての武勲を無言で語りかけてくる。


 そのとき、艦内通信が入った。


『どう、少し古いけど――スカーレット。私の戦艦よ』


 通信越しのジンの声には、懐かしさと誇りが微かに滲む。真紅の戦艦は漆のような光沢を帯び、漆黒の宇宙を背景にひときわ鮮烈に映えていた。


「赤いっすね……」


「いいですね。あれこそ、戦艦と呼ぶにふさわしい姿です」


 クロはわずかに興奮した面持ちで呟くと、すぐに表情を引き締める。


「エルデ、バハムートを宇宙に出してください」


 言葉と同時に、クロの姿は転移の光に包まれ消えた。次の瞬間にはバハムートの疑似コックピットに座し、その意識を完全に重ねて目を開く。左手をそっとクーユータの船体に当て、微かな温もりを確かめるように。


「クレア、エルデ。海賊は任せました」


「お任せください、クロ様」


「了解っす! 行くっす!」


 直接声が届くはずもない。だがクロには、二人の応答が確かに胸の奥へ響いた気がした。


 手を離すと同時にクーユータは進路を変え、MQEの光跡を描きながら星の海を切り裂いてゆく。


 一方、バハムートは翼をわずかに羽ばたかせ、ゆるやかにスカーレットへと近づいていった。クロは疑似コックピットから離脱し、単身で戦艦のブリッジを目指す。


 ブリッジらしき区画へ近づくと、外に立つグレゴが額に手をやり、合図を送った。指差す方向に視線を向けたクロは、示されたエアロックに歩を進める。


 グリップを回すと、短く空気の抜ける音が響き、外部ハッチが静かに開く。内部に入れば扉は閉まり、赤の警告灯が緑へと変わる。クロはそのまま内側の扉を開いた。


「クロ! いくらなんでもあり得ないことをするな!」


 開口一番、グレゴの怒声が飛んだ。


「普通では?」


 当然のように返すクロ。その背後で、操縦席に腰掛けたジンが小さく笑う。


「一応カタパルトを開けておいたんだけど……無駄だったみたいね」


「すいません。バハムートはスカーレットより大きいので、最初から使うつもりはありませんでした」


 飄々と答えつつ、クロはブリッジを見渡す。クーユータと似て非なる造り。操舵と計器は最小限に抑えられ、正面の巨大なウィンドウの向こうには、漆黒の宇宙に星々が散らばり、まるで深淵に宝石を投げ込んだようだった。


「大きさの割にシンプルですね」


「この艦は基本ワンオペで動かせるように作られているの。少し古いけど、まだ前線でも十分通用するわ」


 ジンはそう言って、誇らしげに口元を綻ばせる。


 グレゴはわざとらしく咳払いをしてから、インカムをクロに手渡した。


「これでこちらの音声は届くはずだ」


 クロは受け取ったインカムをフードを取り耳に装着し、再び閉じる。微かな電子音が鳴り、接続が完了する。


「聞こえます?」


「問題ない。さて、行くとするか……お前はバハムートで出撃するんだな?」


「はい。そうですが?」


 クロの答えに、グレゴは短く息を吐き、思案するように眉をひそめる。


「……この戦艦も転移できるか? お前は行った場所なら飛ばせるんだろう」


「出来ます。では、さっさと行きましょう」


 当然のように言い出したクロを、グレゴが慌てて制した。


「おいクロ! だからお前は早すぎるんだよ! 一呼吸くらい置け! ここでは無理だ。少し離れた場所でやれ!」


 怒鳴る声に、クロは肩をすくめることもなくブリッジを後にし、そのままバハムートへ戻る。やがてコロニーから十分に距離をとると、スカーレットの船体に触れ転移を行った。


「……怒りすぎなんだよなぁ。いつか血管切れるぞ、あれ」


『そうなったらお前のせいだ!』


 インカム越しに返ってきた怒声に、バハムートの瞳が驚きに見開かれる。


(まさか……バハムートの姿でも怒ってくるとは!)


 けれど、その怒声に不快さは微塵もなかった。


 むしろ、巨躯な存在であるバハムートとして、そしてクロとして対等に叱りつけてくれる――その事実が、心の奥に妙な心地よさが、じんわりと広がった。


 思わず、胸の内に小さな嬉しさが芽生えていた。

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