作戦開始と、刻まれる技名
エルデは即座に操縦席へと向かい、クーユータの発艦準備を整える。しばらくして、艦は微かな振動とともにドックを離れ、黒く広がる宇宙へと滑り出した。
薄く軋むような構造音が船内に響く。加速の余韻が収まる頃には、外の星々が軌道上に並ぶ光の帯となって艦を囲っていた。
その穏やかな時間の中、クロはクレアとエルデに向き直る。
「今のうちに、役割の確認をしておきましょう」
二人はすぐに頷く。わずかではあるが、その目には緊張ではなく、確かな覚悟が宿っていた。
「まず、海賊を確認したら、クレアは速やかにヨルハへ。エルデはクーユータからヨルハを発艦させた後、艦を後方へ退避させて全シールドを展開。防衛体勢をお願いします」
「はいっす。防御優先で後方に下げるっす」
「了解です。ヨルハに移ったら、即座に殲滅に移ります」
クロはわずかに目を細めたあと、やや表情を崩す。
「あり得ないとは思いますが……本当に危なくなった場合は、逃げてください。あなたは代わりのきく機械ではありません。私の――大切な家族ですから」
その言葉に、クレアの瞳がわずかに揺れる。だがすぐに、強い意志の光が宿った。
「はい。でも、私が“逃げるべきだ”と判断する時が来たなら――それはもう、命を賭ける時です。必ずやり遂げてみせます」
揺るぎない決意。その言葉を受けて、クロはほんの少しだけ表情を緩め、静かに微笑んだ。
「基本的には、ヨルハ単独での迅速な殲滅。私と違って遊ぶ必要はありません。物資の鹵獲も今回は出来ませんので、遠慮せずに暴れて構いません。ただし、クーユータへ接近する個体がいた場合は、ふたりで判断して――先に潰すか、ミサイルによる狙撃に切り替えるか、適切に対応してください」
そう言いながら、クロは自分の端末をそっとクレアの前に置く。
「通信は、この端末で。ギルドでも言いましたが、クレアがエルデの指揮を取ってください」
クロの視線が、少しだけ優しくなる。
「あなたには、かつて群れを率いた経験がある。その力を、信じています」
クレアは真っ直ぐ頷き、その手で端末を丁寧に受け取る。
「はい。お任せください。久しぶりですが……指揮官として、全力を尽くします」
「そして、エルデ」
クロがそちらに目を向けると、エルデも背筋を伸ばして返事を返す。
「っす!」
「クレアの指示に従って動いてください。ただし、指示が明らかに間違っていると感じたら、必ず相談してください。無理に合わせる必要はありません」
「了解っす!」
そう応じてから、エルデはクレアに向き直り、にっと笑う。
「よろしくっす、クレアねぇ!」
その言葉に、クレアは胸を張って応える。
「私に任せなさい。かつて群れの長だった私が、あなたを一人前の狼に育ててみせます!」
エルデはほんの一瞬だけ考え込んだ末――
「……いや、それは無理っす」
あっさりと否定されたそのひと言に、クレアの顔がぽかんと固まる。数秒の静寂ののち――三人の間に、ふわりと笑いがこぼれた。
「……しかし、惜しかったですね」
クロがふと呟くと、クレアが不思議そうに首を傾げる。
「惜しい……とは?」
「昨日の話の続きです。技名の重み――あれを語る絶好の機会だったのに、今回は流れてしまいましたから」
「……終わってなかったんすね、それ……」
エルデがどこか疲れたような顔で呟く。昨日のテンションを思い出したらしい。
そんな二人を前に、クロはすっと立ち上がり、拳を握りしめる。その手がわずかに震えていた。抑えきれない闘志と、胸の奥に燻る“名乗り”への渇望――それらが熱として滲み出していた。
「いいでしょう。今回こそ、グレゴに私の戦いぶりを見せてやります。そして――あなたたちにも、“真の技名”の重みを刻んであげます!」
言い切ったその瞬間、エルデがじっとクロを見つめ、ぽつりと口を開く。
「それって……グレゴさんに撮影頼むってことっすか?」
エルデの目が細くなり、本気かどうかをじっと測るような視線がクロへ向けられる。だが、その瞳の奥には、ほんのりとした悪戯っぽさが灯っていた。まるで、「だったら撮ってもらうしかないっすね」とでも言いたげに。
それに応じるように――クロの目もまた、しっかりと語っていた。
“絶対に撮らせてやる”と。
と、その時――
『もう出てるか? 今からそちらに向かう』
グレゴからの通信が、クーユータの艦内に響いた。
「了解っす! 現在地、送るっす!」
エルデは即座に立ち上がり、操縦席へ駆け込む。端末を操作し、現在位置を正確に送信すると、クロの方をちらりと見やった。
そんな彼女の後ろで、クロは静かに口元をほころばせる。
「さて……グレゴさんの戦艦、どれほどのものか……楽しみですね」
声は淡々としていたが、その瞳には明らかに“今度こそ見せ場をつかむ”という、燃えるような決意が揺れていた。