災害の兆しとクロへの要請
翌日――ギルドのホールには、少ないがハンターたちが依頼の確認を行っており、人数は少ないながらも、いつもの雰囲気が漂っていた。
受付カウンターの奥で、グレゴが機嫌悪そうに腕を組んでいるのが見えたが、クロは特に気に留める様子もなくスルーする。慣れたものである。
テーブルに腰を下ろすと、情報端末を起動し、依頼や賞金首の一覧を眺めていた。しばらくして、ふと視線が止まる。
「……輸送依頼……ここから三つ先のF15コロニーから、さらに端のテラフォーミング中の惑星にナノマシンを搬入。依頼主は……フロティアン政府惑星開発局、ですか」
読み上げるような口調に、横からエルデが首を傾げた。
「テラフォーミングっすか……なんっすかね?」
「私も見たことはありませんけど、名前からして、人が住めるよう惑星を改良する技術でしょうね」
淡々と説明を返しながら、クロは報酬欄へと目を移す。そこに記されていたのは、少し変わった提示だった。
「……入札方式。こちらが金額を提示して、最も安く引き受けた者に依頼が来るって感じでしょうか。最低価格は……記載なし」
その形式に、ほんの少しだけ興味を引かれる。だが、どう判断するべきか――と考え込むクロに、エルデがそっと耳打ちする。
「止めといた方がいいっす。それより、っす……」
小声でそう言いながら、視線をちらりと背後へ向けた。その視線を追うと――カウンター越しに、グレゴの鬼のような形相が睨みつけている。
「クロねぇ、後ろの圧がすごいっす。なんか“今すぐこっちに来い”って、目で言ってるっすよ……」
「知りません。それよりこの依頼、けっこう面白そうですよね」
肩に乗ったクレアが、こくりと小さく頷いて応じる。
だが――
「お前は、別の依頼だ。クロ」
背後から、重みのある声がゆっくりと降ってきた。次の瞬間、クロの頭がぐいと掴まれる。
「わっ――ちょ、ちょっと……!」
抵抗する間もなく、クロはカウンター前まで引きずられていった。仲間たちの視線を背に、なす術なく連行されていくその様は、まるで犯人のようだった。
やがて手を離されたクロは、無言のままグレゴを見上げる。「何の用ですか?」と言いたげな、その表情に――
「……俺が不機嫌そうだったら、来ねぇってか?」
グレゴが低く凄みを込めて問いかけた。
「いえ。面倒ごとを押しつけられそうだったので、意図的に避けました」
クロの返答は、容赦がなかった。その瞬間、グレゴの眉間に刻まれた皺がさらに深くなる。
「いい度胸だな。――なら、お望み通り面倒な依頼をくれてやる」
そう言い捨てると、グレゴはカウンターの端末に手を伸ばし、操作を開始した。表示されたのは、昨日ノードスパイアに設置した監視ノードからの報告だった。
画面には、重力異常を知らせる警告信号が記録されている。それは、災害の前兆を示す、明らかなサインだった。
「……規模がでけぇ。それに、運が悪いことにな――ちょうどそのタイミングで、海賊どもが罠に引っかかってきやがった」
「ああ。ジンさんが言ってましたね。わざとこの周辺に賞金首が来るよう仕向けてるって」
クロの言葉に、グレゴは重く頷く。その表情には、いつもよりも深い苦悩が浮かんでいた。
「問題は……想定していた規模と違う可能性があるってことだ。同時に来る事態までは読んでたが――災害のほうが、想定以上にデカそうでな」
グレゴは画面を睨みつけながら、低く続けた。
「災害の前兆が出ているのは、まだかなり遠くだ。けど最悪の事態を考えると、早いうちに潰しておきたい」
そして、わずかに息を吐く。
「だがな……海賊どもの居場所も、今はっきりしてる。このタイミングを逃せば、また潜られて厄介になる」
「ギールさんのチームは?」
「別件対応中だ。ここのハンター連中にも動いてもらうつもりではあるが……」
グレゴは、そこで口ごもった。
ちらりとクロの顔を見る。その視線には、言いにくさと頼らざるを得ない葛藤がにじんでいた。
「……確信が欲しい。確実に仕留められるという“結果”だ。今、上位陣が誰もいねぇ」
「それは、他のコロニーに行ってるんですか?」
「いや、そういうわけじゃねぇ。たまたま、別の依頼に出てたり、独自で周囲の海賊を狩ってたりするだけだ。だから時間が経てば、そいつらも狩りに参加するはずだ。――だが、それまでに状況が変わったら、取り返しがつかねぇ」
言葉の端に、焦燥がにじんでいた。