通信装置と誇り高き狼
アヤコは大型ドローンを静かに梱包材に戻し、作業の一区切りをつけると、発送準備に入ろうとしていた。
その様子を見ながら、クロが声をかける。
「お姉ちゃん。クレアに、通信端末だけでも持たせられませんか?」
「クロ様!」
思わず声を弾ませたのは、クロの肩にちょこんと乗っていたクレアだった。その顔には、驚きと嬉しさが混じった笑みが浮かんでいる。
アヤコは手を止め、少し目を丸くする。
「クレアに……?」
「はい。今回の依頼を通して、必要性を感じました。今までは私と常に一緒でしたが……今後は新しい家族も増え、移動手段も増えたことで、別行動の機会も出てくるかもしれません」
その説明に、アヤコはなるほどと頷き、梱包作業を終えるとクレアの方へ目を向ける。だが、その表情にはわずかに言いにくそうな気配が滲んでいた。
「なにか、都合が悪いんですか? アヤコお姉ちゃん……」
クレアが小さく首を傾げて尋ねる。瞳を潤ませ、申し訳なさそうに不安をにじませたその仕草は、まさに小動物のようだった。アヤコの胸に、軽い罪悪感が走る。
「う、うん……怒らないで聞いてほしいんだけど……」
おずおずと、アヤコは店内の奥からジャンク品の詰まった棚を探り、黒革のベルトと、内部に小型機械が埋め込まれた指輪のような部品を持ってきた。
「それは……?」
クロが目を細めて尋ねると、アヤコは視線をクレアへと向ける。
アヤコは作業棚から黒革のベルトと、小さなリング型の電子機器を手に取り、店内の照明の下で慎重に並べていった。
「これ、昔のデータ端末のパーツなんだけど……うまく加工すれば、たぶん通信装置として使えるの。首輪の喉元に収音マイクと通信端末の本体を取り付けて、指輪型のデータ端末の中身を取り出して耳飾りに加工して……小型のスピーカーとタッチ操作可能な投影装置を組み込めば、基本的な通信はできるようになるはず。ただ――」
そこでアヤコは、黒いベルトを手に取り、申し訳なさそうな顔で掲げる。
「……首輪、我慢できるかな……?」
その一言に、クロの肩に乗っていたクレアの身体がぴくりと跳ねた。
「……」
黙ったまま、クレアの頬がわずかに膨らみ、そしてそっとそっぽを向いた。
その様子に、アヤコは苦笑いを浮かべつつも、どうにか取り繕うように声をかける。
「ク、クレア? 我慢できる……?」
だが、返ってきたのは、小さく、だが誇りを滲ませた抗議の声だった。
「お姉ちゃん……私はペットではありません。ましてや犬ではなく、誇り高い狼です!」
(あっ……これ、ダメなやつだ)
アヤコの内心に、その確信が過ぎる。傷つけてしまったかもしれないという焦りが、じわりと滲む。
だが――その場の空気を切り替えたのは、絶対的な“主”であるクロの言葉だった。
「なるほど。良い案ではあります。……首輪は、そう見えないよう加工できませんか?」
その一言に、クレアは思わず「えっ」と驚いた顔で振り返る。
本気ですか、と言いたげな視線。それにアヤコも戸惑いながらクロの顔を見る。
だが、クロは至って真剣な顔で頷いた。
「一番いい方法ですね。さすがはお姉ちゃんです。これなら通信の問題はクリアできます」
「クロ様っ……でも、私は……」
クレアが反論を口にしかけたその時、クロは軽く首を傾げて、もう一つの選択肢を提示する。
「……でも首輪でなくても、もう一つ同じような指輪があれば、そこに詰め込めません?」
アヤコは少し考えるように唸りつつも、腕を組んで答える。
「う~ん……できなくはないけど、音声を拾うなら、首元に収音マイクを設置するのが一番効率的だと思うけど」
「そこは、お姉ちゃんの腕の見せ所ですよ」
クロの一言に、アヤコは苦笑しつつも、その表情にどこか誇らしげな色を浮かべた。
「まったく、期待だけは大きいんだから……」
そんな二人のやり取りを聞いていたクレアは、ほんの少しだけ視線を外し、そっとクロの肩に体を預けるように身を寄せた。
「……耳飾り、可愛くしてくれるなら、我慢してもいいです」
その小さな呟きに、二人はふと目を合わせ――そして、ふっと笑みを交わした。
アヤコが壁の時計に目をやり、そっと声をかける。
「……そろそろ閉店にしようか」
その言葉に、クレアはぴょんとクロの肩から飛び降り、すぐさま店内の整頓をしていたレッド君の頭にひらりと着地した。
そして、小さな胸を張りながら、店長代理を気取るように高らかに宣言する。
「レッド君、閉店準備です! 掃除をお願いしますっ!」
レッド君はこくりと頷くと、整頓作業をきっちり終わらせてから、すぐに店内の掃除へと移った。
その様子を、クレアはどこか誇らしげに見下ろしながら、まるで自分が命じた任務を果たしているかのように、得意満面で胸を張っている。
「ふふっ、期待してますね」
「これは、頑張らないとだね」
クロとアヤコは顔を見合わせ、くすっと笑い合った。
その背後では、レッド君が丁寧にモップを動かし、クレアがその動きに合わせて小さく腕を振って指揮を執る。どこか牧歌的な、静かな夜の終わりが、ゆっくりと店に満ちていた。