表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
惑星に巣くうもの
360/471

通信装置と誇り高き狼

 アヤコは大型ドローンを静かに梱包材に戻し、作業の一区切りをつけると、発送準備に入ろうとしていた。


 その様子を見ながら、クロが声をかける。


「お姉ちゃん。クレアに、通信端末だけでも持たせられませんか?」


「クロ様!」


 思わず声を弾ませたのは、クロの肩にちょこんと乗っていたクレアだった。その顔には、驚きと嬉しさが混じった笑みが浮かんでいる。


 アヤコは手を止め、少し目を丸くする。


「クレアに……?」


「はい。今回の依頼を通して、必要性を感じました。今までは私と常に一緒でしたが……今後は新しい家族も増え、移動手段も増えたことで、別行動の機会も出てくるかもしれません」


 その説明に、アヤコはなるほどと頷き、梱包作業を終えるとクレアの方へ目を向ける。だが、その表情にはわずかに言いにくそうな気配が滲んでいた。


「なにか、都合が悪いんですか? アヤコお姉ちゃん……」


 クレアが小さく首を傾げて尋ねる。瞳を潤ませ、申し訳なさそうに不安をにじませたその仕草は、まさに小動物のようだった。アヤコの胸に、軽い罪悪感が走る。


「う、うん……怒らないで聞いてほしいんだけど……」


 おずおずと、アヤコは店内の奥からジャンク品の詰まった棚を探り、黒革のベルトと、内部に小型機械が埋め込まれた指輪のような部品を持ってきた。


「それは……?」


 クロが目を細めて尋ねると、アヤコは視線をクレアへと向ける。


 アヤコは作業棚から黒革のベルトと、小さなリング型の電子機器を手に取り、店内の照明の下で慎重に並べていった。


「これ、昔のデータ端末のパーツなんだけど……うまく加工すれば、たぶん通信装置として使えるの。首輪の喉元に収音マイクと通信端末の本体を取り付けて、指輪型のデータ端末の中身を取り出して耳飾りに加工して……小型のスピーカーとタッチ操作可能な投影装置を組み込めば、基本的な通信はできるようになるはず。ただ――」


 そこでアヤコは、黒いベルトを手に取り、申し訳なさそうな顔で掲げる。


「……首輪、我慢できるかな……?」


 その一言に、クロの肩に乗っていたクレアの身体がぴくりと跳ねた。


「……」


 黙ったまま、クレアの頬がわずかに膨らみ、そしてそっとそっぽを向いた。


 その様子に、アヤコは苦笑いを浮かべつつも、どうにか取り繕うように声をかける。


「ク、クレア? 我慢できる……?」


 だが、返ってきたのは、小さく、だが誇りを滲ませた抗議の声だった。


「お姉ちゃん……私はペットではありません。ましてや犬ではなく、誇り高い狼です!」


(あっ……これ、ダメなやつだ)


 アヤコの内心に、その確信が過ぎる。傷つけてしまったかもしれないという焦りが、じわりと滲む。


 だが――その場の空気を切り替えたのは、絶対的な“主”であるクロの言葉だった。


「なるほど。良い案ではあります。……首輪は、そう見えないよう加工できませんか?」


 その一言に、クレアは思わず「えっ」と驚いた顔で振り返る。


 本気ですか、と言いたげな視線。それにアヤコも戸惑いながらクロの顔を見る。


 だが、クロは至って真剣な顔で頷いた。


「一番いい方法ですね。さすがはお姉ちゃんです。これなら通信の問題はクリアできます」


「クロ様っ……でも、私は……」


 クレアが反論を口にしかけたその時、クロは軽く首を傾げて、もう一つの選択肢を提示する。


「……でも首輪でなくても、もう一つ同じような指輪があれば、そこに詰め込めません?」


 アヤコは少し考えるように唸りつつも、腕を組んで答える。


「う~ん……できなくはないけど、音声を拾うなら、首元に収音マイクを設置するのが一番効率的だと思うけど」


「そこは、お姉ちゃんの腕の見せ所ですよ」


 クロの一言に、アヤコは苦笑しつつも、その表情にどこか誇らしげな色を浮かべた。


「まったく、期待だけは大きいんだから……」


 そんな二人のやり取りを聞いていたクレアは、ほんの少しだけ視線を外し、そっとクロの肩に体を預けるように身を寄せた。


「……耳飾り、可愛くしてくれるなら、我慢してもいいです」


 その小さな呟きに、二人はふと目を合わせ――そして、ふっと笑みを交わした。


 アヤコが壁の時計に目をやり、そっと声をかける。


「……そろそろ閉店にしようか」


 その言葉に、クレアはぴょんとクロの肩から飛び降り、すぐさま店内の整頓をしていたレッド君の頭にひらりと着地した。


 そして、小さな胸を張りながら、店長代理を気取るように高らかに宣言する。


「レッド君、閉店準備です! 掃除をお願いしますっ!」


 レッド君はこくりと頷くと、整頓作業をきっちり終わらせてから、すぐに店内の掃除へと移った。


 その様子を、クレアはどこか誇らしげに見下ろしながら、まるで自分が命じた任務を果たしているかのように、得意満面で胸を張っている。


「ふふっ、期待してますね」


「これは、頑張らないとだね」


 クロとアヤコは顔を見合わせ、くすっと笑い合った。


 その背後では、レッド君が丁寧にモップを動かし、クレアがその動きに合わせて小さく腕を振って指揮を執る。どこか牧歌的な、静かな夜の終わりが、ゆっくりと店に満ちていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ