帰宅と静かな手仕事
消えていた部分を書き直しました。
ご連枠ありがとうございます。
ジャンクショップへ帰ると、まだネオンサインの灯りが瞬いていた。店先から漏れるやわらかな光が、静まり返った通りをほんのりと照らしている。
クロたちはそのまま玄関から入り、靴をそろえて店舗スペースを覗いてみた。
奥の作業場では、シゲルがひとり黙々と手を動かしていた。マーケットで仕入れた各種パーツが、作業台の上に整然と並べられている。小さな金属の軋み音や、洗浄液に浸されたときのくぐもった水音が、夜の空気を静かに震わせていた。
シゲルは、目の前のパーツを一つずつ手に取り、洗浄し、専用の乾燥機に入れて完全に乾かしてから動作を確認する。正常なものは丁寧に梱包材へと詰め、不具合のあるものは脇に分けて後日の修理に回す。
その作業は、まるで精密機械を扱う技術者というより、小さな命を手のひらにのせる医師のようだった。
「……何すか、あれ?」
エルデがぽつりと呟いた。目を細めるその表情には、呆れと興味、そしてわずかな尊敬が混じっている。
「わかりません」
クロがまっすぐに答える。その端的な返事に、エルデが小さく吹きそうになる。
その声が届いたのか、シゲルが顔を上げた。
「クロ、クレアに……エルデか。ちょうどいい。エルデ、手伝え」
言いながら、手袋の入った箱を指さす。
「手袋つけて、パーツを洗浄液で綺麗にしろ」
「今、帰ったばっかりっすけど……」
エルデが肩を落としながら呟く。
だが、シゲルは一歩も譲らない視線で睨み返す。「だから何だ」とでも言うように。
「知らん。お前も家族なら、手伝え」
そのひと言に、エルデは目を丸くし、ほんの一瞬だけ固まった。
そして、ふっと口元を緩め、小さく笑う。
「……はいっす、親分」
「親分じゃねえ。シゲル様だ」
「わかったっす。親分」
冗談めかした返しに、シゲルも思わず口元を緩める。その笑みは、気の抜けたようでいて、どこかくすぐったそうだった。
エルデは手袋をつけながら作業台の隣へ回り込み、手際よく洗浄を始める。二人は自然な間合いのまま、言葉を交わしながら黙々と作業を続けていった。
クロはそのやり取りを横目に見つつ、静かに作業場を離れた。ふたたび店側に足を向け、入口そばのカウンターへと向かっていく。
そこにはアヤコがいた。
淡い照明の下、彼女はドローンの製作に集中していた。テーブルの上には組みかけのフレームと、精密な部品が丁寧に並べられている。
アヤコは何も言わず、ピンセットを使って小さなセンサーを一つひとつ所定の位置へと取り付けていく。その手つきは慎重でありながら、無駄のない速さと正確さを備えていた。
成形されたボディをそっと取り上げ、ゆっくりとフレームにかぶせる。そして、継ぎ目を指先でなぞるようにして確認する。
……一ミリの狂いも許さない、という空気が漂っていた。
クロは声をかけることなく、その様子をしばし見守っていた。アヤコの指先が、仕上がったドローンの継ぎ目を最後になぞる。満足げに小さく頷いたその時、ふと、気配を感じたように顔を上げる。
「おわっ……クロ? クレアも……帰ってたんだ」
声のトーンがわずかに跳ねた。完全に集中していた分、意識が急に引き戻された驚きが、アヤコの声にそのまま滲んでいた。
クロはカウンターに並べられた三基のドローンを見やりながら、静かに尋ねる。
「ドローンの製造が多いみたいですね」
その言葉に、アヤコは少し照れたように笑いながら、一台のドローンを手に取った。
「今回は、一からじゃなくてね。競技用の改造依頼なんだ。見てよ、これ」
そう言って、アヤコは手に持っていたドローンを、わざと床に落とす。
ドローンは衝撃に反応して起動し、機体下部のスラスターを噴かせながらふわりと浮かび上がると、静かに着地した。
アヤコは迷いなく専用のゴーグルを装着し、コントローラーを握る。
その瞬間、ドローンはまるで意志を持ったかのように動き始め、店内をすばやく疾走した。棚の隙間を抜け、低空で旋回しながら、軽やかに空間を飛び回る。
「このゴーグル、カメラでドローンの視点をそのまま見ながら操作できるんだけど――」
アヤコは視線を外さずに、語り続ける。
「私の改造では、小型の360度カメラセンサーを内蔵させて、三人称視点で見れるようにしてあるんだ。周囲のドローンの位置も把握しやすくなるし、障害物も見逃さない。もちろん、切り替えれば一人称視点にもできる」
クロは頷きながら、ドローンの動きを静かに目で追う。
「ボディもね、軽量化と耐久性の両立、こだわってるんだよね。素材選びから見直してるから、フレームの反応も格段に良くなってる」
アヤコが得意げに語ると、クロが静かに問いかけた。
「……デメリットは、操作する人の技量が高くないといけないことでしょうか?」
その指摘に、アヤコは「ちっちっちっ」と指を振りながら笑う。
「私に死角なし! 初心者モードも完備!」
だが――
「……意味ないのでは? 使う皆さん、プロなんですから」
淡々と返された一言に、アヤコの動きがピタリと止まる。
「…………」
無言のまま、そっぽを向いてドローンの方へ視線を逸らす。あからさまな現実逃避だった。
そんな様子に、クロは一拍置いて言葉を添える。
「……わかりました。すごいですよ、お姉ちゃん」
棒読み気味のその声に、アヤコは小さく肩を震わせる。
「やめて……なんか、負けた気になる……」