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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
惑星に巣くうもの
353/471

ノードスパイア設置任務

体調が回復し、更新を再開できました。

平常通りの更新を続けてまいります。

ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございませんでした。

引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

 ヨルハの背に乗ったクロは、真空の宙域を滑るように進んでいた。足元に感じる振動はほとんどなく、視界を包むのは全天球の静寂と、無数の星のきらめきだけ。――まるで、時の流れすら止まったような、宇宙の深層だった。


『クロねぇ、そこら辺っす』


 通信が入ったのは、そんな静けさを割るように響いたエルデの声。クロは軽く頷き、ヨルハに向かって声をかける。


「ヨルハ、ここで一旦停止を」


「了解しました、クロ様」


 即座に返された応答とともに、ヨルハの動きが穏やかに緩やかになっていく。そして、まるで見えない足場を踏みしめるかのように――静止した。


 クロは背中から身を起こし、手にしていたノードスパイアを片手で抱え直すと、軽く身を浮かせてヨルハの背を離れた。反動もなく、ただ滑るように――重力の存在しない宙へ、音もなく飛び出していく。


「さて、設置……というより、ここは……“浮かべる”と言った方が正しいですね」


 宇宙空間にぽつんと佇みながら、クロは静かにノードスパイアを前方へと送り出した。その筐体はほぼ自立しており、設置と同時に自身で姿勢制御を開始するよう設計されている。


 クロは通信越しに問いかけた。


「……適当な位置で構いませんか?」


『はいっす。その周辺なら大丈夫みたいっす! 誤差範囲内っす!』


 エルデの声には、特に緊張もなく、ある種の信頼が滲んでいた。それを聞いてクロは小さく笑みを浮かべると、ノードスパイアの起動スイッチに指をかける。


 カチリ、と小さな音。直後、機体の外殻がゆっくりと開き、内部構造がせり出していく。アンテナとセンサー群が展開され、空中にその姿をさらけ出した。


 上下には赤と青の小さなランプが点滅を始め、内部の制御系が動作を開始したことを告げる。


「エルデ、設置完了です。――この状態で問題ありませんか?」


『はいっす! ホログラフにも反応出てるっす! ノードスパイア、ちゃんと起動してるみたいっすよ! 次に行くっす!』


 クロは通信の返答を受けながら、漂うスパイアを見つめていた。宇宙の暗闇に、ひとつだけ人工の灯が静かに瞬いている――それはまるで、この空間にそっと“視線”を据えるような、無言の観測者だった。


「了解です。では、次へ向かいましょう。ヨルハ、一旦戻りましょう」


「はい、クロ様」


 クロがヨルハの背に飛び乗ると、その指示に応えるように滑らかに旋回し、クーユータの方向へと進路を取った。


 そこからは、無言の往復が続いた。


 クーユータに戻り、次のポイントに移動しノードスパイアを搬出。ヨルハの背に乗り宙域へと舞い戻る。星々の海を裂いて駆けるヨルハの足元では、光の粒が尾を引いて後方に流れていく――まるで、クロたちの背後に時間が置き去りにされていくようだった。一つ、また一つと、観測装置が宇宙に“灯”をともしていくたびに、その無言の営みは淡々と、しかし確実に前へ進んでいく。


 繰り返すうちに、星々の光が少しずつ角度を変え、最終地点が近づいてくる。そして、最後の一本を所定のポイントに静かに浮かべた瞬間――スパイアの筐体が微かに振動し、中心部に埋め込まれたランプが青白く脈動を始める。それはまるで、宇宙の静寂の中に新たな“呼吸”が生まれたかのようだった。上下を貫く灯が淡く、しかし確かに明滅を繰り返し、クロの視界にその存在を刻み込んでいく。


「……完了、ですね」


 クロは静かに呟いた。


 それから間もなく、三人はクーユータへと帰還し、ブリッジ奥のリビングで簡単な休憩を取っていた。重力制御の安定した空間の中、わずかに緊張を解いた空気が流れている。


「……意外と疲れましたね。肉体的にではなく、精神的に」


 ソファに腰を下ろしながら、クロがそう口にすると、すぐにクレアが頷いた。


「たしかに……初めて、こんなにも“単純作業”ってものをしました。楽すぎて、逆にきつかったです」


 その口調には素直な戸惑いが混じっている。


 一方で、操縦席を離れてやってきたエルデは、ぽりぽりと頭を掻きながら首を傾げた。


「そうっすか? 自分はむしろ楽だったっすけど……?」


 その言葉に、クロはわずかに目を細め、静かに呟くように返す。


「……嫌なんですよ。こういう“何も起きない時間”……。数千年の孤独と、空白の記憶の中で、ただ漂っていたあの頃を思い出してしまって」


 ふと、リビングの空気が一瞬だけ静かになる。


 しかしその静寂を、クレアの言葉が軽くほぐす。


「私は……戦いがない方が、きついですね。せっかくなら、何か起きてくれた方が嬉しかったです」


 口調こそ淡々としていたが、その瞳にはどこか退屈そうな光があった。


「なるほど……それぞれ、ですねぇ~~」


 そう言いながらエルデが笑うと、クロもわずかに口元を緩めた。


 それは、戦いも喪失もない、ほんの短い穏やかな時間。クーユータのリビングには、かすかに温もりを帯びた静けさが広がっていた。

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